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かやのみ日記帳

読書の感想や思想を毎日書いています!

本人が幸せならいいだろ問題。ネトゲストッパーとマギョさんの思い出。

 

news.denfaminicogamer.jp

 

上記を見て思いだしたこと。本人が幸せなら、幸せなんだろう問題について。

上の人は間違いなく幸せだ。もちろんとても羨ましいし、祝福したい。

この選択は間違っていないと思う。

 

ただ、この境界線がわからなくなってしまう。

自分はどこまでが他人の幸せだと思い、どこまでが不幸に見えるのか。

 

ネトゲで人生を捨てたように見える人の話

ネットゲームにはまってたころ、ネトゲストッパーというサイトを見た。*1

そこにある体験談の一つ、マギョさんの話。

FF11で人生を捨てた”ように見える”友人を更生しようとする、優しい人です。

ネットゲーム依存による経験談 【長編1】マギョさん

 

ゲームに熱中しすぎて、会社を辞めて一日中実家でプレイしている。

じゃあアカウントを消してやろうか、と言うと、消したら死ぬという。

 

2004年代の話ですが、たくさんのいい文章にあふれているのです。

マギョ ◆pBNUgPDhy6 04/03/09 19:37
さっき、父が部屋に来たので、相談しました。とても怖かったのです。
でも「死ぬかも」と言われたことは黙っていました。

私の話を一通り聞いて、 父は、「他人の人生って重いだろう」と言いました。
安易に背負えるものじゃないんだ、とも言いました。
「オマエはそんな重いものを持って、責任が持てるのか?」
「自分のことでも何も出来ないんじゃないのか?」
「俺も自分の家族のことだけで手一杯だ」
涙が出てきました。 

 

そこまで他人に踏み込めるのか。他人の人生は重い。

どうしようもなく他人の事情でしかないのです。たとえ友人であったとしても…。

 

マギョ ◆pBNUgPDhy6 04/03/09 23:48
(中略)

もしくは、歌手になりたい!とか、~~を探しに行きたい!とか。
じゃあ、どうして私は「ネトゲがやりたいから一年引きこもる」という彼女の考えに こんなにも嫌悪感もあらわにして反発するんでしょうか。

……思うに、「私から見てどう考えても幸せではないから」でしょうか。
これは非常に傲慢な考え方だと自覚しています。

仕事を辞めて、お母さんが隣で泣いていて、真っ暗な部屋で、 一日中画面を見ながら空想の世界に浸る。
私から見て、どう考えてもこれは「間違っている」と感じるのです。

彼女にはこれが幸せの極地なのだとしても、
私はこれを幸せとは思わない。だから無理矢理にでも壊す。そして連れ出す。
傲慢ですね。そしてこれは「正義」でも「正解」でもないのでしょう。
私一人の我侭なのですから。

もう少し率直に書くならば、ネットゲームでは、私は彼女とともに喜び合ったり 悲しんで慰めあったり、そういうことが出来ない。それが悲しいです。

以前の彼女とは、夜道の川原を歌を歌いながら歩いたり、 足腰が立たなくなるまで飲み明かしたり、恥ずかしい恋愛話を語り合ったり、 そういうバカなことをたくさんしました。
でも、今は出来ない。なぜならネットゲームがあるから。そっちが私より優先だから。
これは私の我侭です。
私が理解できない領域に、友人がいってしまうのが怖いのです。ただそれだけだと気づきました。

 

そんな友人をみつつ、自分の価値観が傲慢ではないかと疑ってしまう。

ですが、それでも連れ戻したい。たとえわがままでも間違えてるとしても、自分を信じて連れ出そうとするのです。

 

マギョ ◆pBNUgPDhy6 04/03/12 00:24
(中略)
一方、父は一昨日の一件もあり、報告してくれた後は終始黙っていましたが、 今からどうするかはお前の自由だから、と前置いてから続けました。

「別にもうお前たちも親にかばってもらう年ではない。 逆に、家庭を持って子供を守る立場にあってもおかしくないくらいだ。 俺はおまえに何をしろ何をするなとは言わない。 全て自分の意志で、そして自己責任で動くことだ」

そしてもうひとつ、付け加えました。

「迷惑迷惑と○○さんのお母さんは言われたが、 全ての親が、友人を助けようとする自分の子供を「危ないから」と止めたなら 世の中というものは、つまらないよなあ」
この前とは反対の言葉でしたが、それも父の本心のようでした。

 

こういった暖かい言葉に溢れた両親とも話し合い、ゆっくり進展するかと思いきや急展開を見せます。

 

叔父が無理やり友人の部屋に押し入り、長距離トラックで県境まで連れていき、道中で説教しつつ、仕事をさせたそうです。

 

マギョ ◆pBNUgPDhy6 04/03/19 00:01
あと、面白い話があったので付け加えますね。

叔父さんと彼女の6時間にも及ぶ死闘のなかで、 やはり彼女は「ネトゲなしでは死ぬかも」的な発言をしたそうです。
それを聞いた叔父さんはその場でトラックを止め、(深夜の高速道路上です)

「それなら、今まで生きてきた年数分の感謝をお母さんに一字一句ちゃんと目を見て頭を下げて伝えて、 これから自分はこうこうこういう理由で先に逝かせて頂きます、と自分の不忠を詫びてから死ね」
と言ったそうです。電話口でこれを私に伝えてくれながら、お母さんは泣き笑いの声でした。

 

ですが、事態はさらに悪化します。無理やり連れだす叔父への反抗で大喧嘩。部屋はめちゃくちゃ、母親は泣きだし、近隣にも不安の声が。

 

マギョ ◆pBNUgPDhy6 04/03/19 23:41
なんでも彼女を更生(?)させるには、もう毎日、昨日のように連れ出して 強制的にでも働かせるしかない、という結論に達したということで、 今日も七時に叔父さんが家に彼女を迎えにきたそうです。

嫌がるのを無理矢理引きずり出し、居間まで下ろしてきたところで、 彼女が急に狂ったように暴れだし、いまの惨状になったのだそうです。
その際、倒れたテレビの角に叔父さんの脛が当たったのをきっかけに殴り合いとなり、 お母さんが泣き出したので二階へ場所を移し、
「ゲーム機を返せ」「返さない」の押し問答を続けていたのだそうです。

「あれはイカン、あれはおかしい。くるっとる」
と、叔父さんは何度も私の前で繰り返しました。
実際、ゲームというものにここまで執着する人間を、叔父さんは信じられないのでしょう。

何も言えないでいる私に向かって、叔父さんはごめんな、と一度頭を下げられ、
「ちょっともう帰るわ。母親のほうは今日はウチに連れて帰るから」
と言って、疲れたように帰っていかれました。

 

そして衝撃の事実が発覚し、マギョさんはやる気を失います。

お見合いさせて結婚で治そうとする母親。そしてそれを承諾する娘。

 

マギョ ◆pBNUgPDhy6 :04/04/09 22:16
いや、ほんとに、電話持ったまま私も( ゚д゚)ポカーンでした

会ってもいない相手との結婚を「いいよ」と言ってしまうアノ人はもう異次元の住人なのでしょうか。わけわかりません。←混乱中 そうですねえ、結婚するとしたら……きっともう会わないんじゃないかと思います。多分。
自分の人生をそういうふうに決めたんだから仕方がないけれど、 私はそういう生き方をする人とは付き合いたくないです。安すぎて。

 

ついには見切りをつけてしまいます。

マギョ ◆pBNUgPDhy6 :04/04/26 20:43
ここまで語ってみて、つくづくネットゲームって怖いなあ、と思いました。

ネットゲームに限らず、「家庭を顧みずハマってしまう物」全般に言えることですが、 物事にあまりに執着すると、それにしか価値を見出せなくなってしまう、 それはとても危険な状態なのだと思います。

一番大好きなものにしかスポットライトが当たらないことは、 それひとつが際立って美しく見える世界なのでしょうが、 周りにあるものは無くなったわけでも、消えたわけでもない。

ただ、照明が当たっていないだけで、そこに確かに存在しているのに、暗くて見えないんです。 彼女にとって、いま唯一明るい場所にあるものは、ネットゲームの世界なのでしょう。 そしてお母さんや私や、未来のようなものは、いまは見えない暗いところにあるんでしょうね。
そんな暗くて狭い視野でおまえ今からどうやって生きていくんだ、と正直思います。 

 

 

それは幸せなのか?

さて本人がどうあがいても、幸せであると言い張るのならば、幸せなのでしょうか?

たとえ間違えているとしても幸せか?それを他人に止める権利があるのか?

こういった物語は悲劇的で、ちょっとありふれているのかもしれません。

 

こういう時に大人の意見としては、他人に深入りするべからず。

しかしそれだけでは「つまらない」ということでもあります。寂しいことだと。

 

じゃあどうすればいいのか?

 

きっと寄り添って、互いに納得するまでぶつかってみたりして、答えを出すことが大事なのだと思います。

 

そうした泥くさい、正解がない、それぞれの答えをだすことが大切ではないかと思います。

世間や常識にとらわれないような、自分自身の答えが必要なんだと思います。

 

本人が幸せといっても、自分が違うと思うなら、ひとまず否定せずに話を聞く。

寄り添ってみる。それでいて、ぶつかってみたりする。

そういった時間をかけることが重要なのかもしれないな、と思います。

 

まとめ

ちょっとまとまりきりませんでした。最近は脳みそがちょっとご無沙汰です。

いいテーマなのに、しっかりとした自分の筋で書けない。ブレブレです。

でもそれは自分の思想、そして悩みに直結する部分だからです。

 

私は基本的に人を信じます。人の過ちを許します。

こうした考えは、自分と相手の境界を明確に分けているからです。

 

ようは、そう思うのならそうなんだろう。あなたの世界では正しいことなんだろう。

そういった認め方です。

私は私の世界での価値観で判断する。あなたはあなたの判断。

その判断はどちらも正しい。間違っていない。

 

その人が”○○は正しい!”とか”○○はクソ!”とか言うのも正しいのだと信じています。

なぜなら、その人の中で信じていることなのだから。

 

これは本人が幸せならいいだろ問題と共通しているのです。

そのうえで他人とどのように関わるのか。どのように干渉するべきか。

 

それはまだ答えがありません。

でも寄り添ってみて、答えをだそうとしないのもありかな、と思ってもいます。

 

 

この問題は本当に難しい。

だからこそ記事を書いておいて、また振り返ってみたいと思います。

*1:現在はもう閉鎖してしまった