かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

Change the worldは英語の授業で聞いたときは大嫌いだった。

 

映画フェノミナンの主題歌にもなったエリック・クラプトンの名曲について今日は書いてみたいと思います。

つまらない英語教材としての曲

www.nicovideo.jp

 

この曲を初めて聞いたのは英語の授業だった。couldについて習っている時だった気がする。どうやらニコニコのコメントを見てみると英語の授業で使われているケースが多いらしい。こういうことがわかるニコニコのコメントは面白い。

 

しかし英語の授業で最初に聞いたときは、そりゃもう嫌悪感が半端なかった。教科書や授業で一般の曲をとても素晴らしい曲だ~!と言って教師が褒めたたえているのが嫌だった。

 

ひねくれているとは思うが、「大人が勝手にいいと思った趣味を子供に押し付けるなよ」と本気で思っていた。だれが大人のいいものなんか好きになるかよ!という反発心もあった。子供ながらに洋楽を聞いてるやつは気取っているように見えるのもあって素直に聞くことができなかった。

 

自分の中で曲に対する認識がガラッと変わった

それから数年がたったころ、あるテレビ番組を見ていた時のことだ。たしかある一般の父親を密着取材していた番組だったと思う。その父親が何かの仕事の後、暗い夜道を運転している時だ。車内のBGMがChange the worldだった。あの、英語の勉強のために歌詞を面倒くさがりながら確認して声に出して読まされた嫌いだった曲だった。

 

Change the worldの寂しげなギターとボーカルの声が暗い夜道をドライブしている男の姿にとても似合っていた。なんていうか、どこか寂しげな父親という姿にぴったりすぎる曲になっていた。

 

そこで初めて音楽というもののすごさがわかったのかもしれない。それは人の見え方、雰囲気まで色付けするようなものだった。その空間に漂う空気を変えてしまうような力を持っていた。言い過ぎかもしれないが、その人を際立てているようにすら思えた。

 

それまで音楽に対して抱いていた自分の気持ちというのは簡単なものだった。激しい曲、メロディーがいい曲。歌詞がいい曲。ただそれだけしか認識していなかった。けれども、音楽があることでその人の内面にまで深く影響しているように思えたのは初めてだった。その場面に音楽があるか、ないかということ。そこに大きな違いがあるなんて知らなかった。

 

今まで音楽の力なんて信じていなかったけど、ようやくわかった気がした。音楽に救われた、感動した、涙を流したなんてわけがわからないと思っていたが、どこか自分と重ね合わせて感じ取ることで音楽の力というのが見えてくるのかなと思った。深く感じ取れるほどではないけれど、少し気持ちを底上げしてくれるような、背中を押してくれるような音楽というものに出会えた気がした。

 

その後、Change the worldが好きになった。英語の教材としての曲ではなく、どこか寂しげで情緒的な響きを持った素敵な曲として自分の中に染みこんでいった。以前は見向きもしなかった英語の歌詞をたくさん聞くうちに自然と口ずさめるほどになっていた。勉強している時なんか意地でも覚えてやるかと思っていたのに。

 

その後の自分にとってのChange the world

自分にとって大好きな曲になったChange the worldは今でももちろん聴き続けている。雨のなんだか寂しいときに聞くとゆったりとした気持ちになれて、読書の時のBGMとして大変重宝している。どこかカフェに流れているような落ち着いたメロディーで、自分がとても聞きなれている曲だからこそ精神的な調子がよく整うように思う。

 

今はもう子供ではないので、洋楽に対する恥ずかしさだとか自分の好きなものを語ることに躊躇はない。大人になると自然と互いの好きなものに対して寛容になるのか。それとも自分の好きという気持ちに、もっと深い実感とか答えを互いに持っているから安心して語れるのか。いつからか他人とぶつかるよりも、馬鹿にするよりも、お互いに分かり合うことのほうがよっぽど楽しいとわかって丸くなったのか。そんなことを思いつつ昔の思い出を書いてみた。

 

ももちろん書きながら曲を聴いている。どこか少し諦めてしまっているような、でも少し諦めきれない切なさがあるこの曲が好きだ。もちろん今後も聞き続けたいなと思う。ただの英語の歌詞の曲としてではなく、自分の心を落ち着かせてくれる素敵な曲として。