かやのみ日記帳

読書の感想や思想を毎日書いています!

元気がないときは睡眠時間が足りてない。他の物では誤魔化せない。無理にストレス発散しないで静かに休む。

 

眠れていないことは一番のダメージ

最近あまりよく眠れていない。寝心地がよくないのか、どうも目覚ましよりも少し早めに起きてしまう。夢見は毎回楽しくてしょうがないのだけれども。今日はアドベンチャーな夢だった。もっと見ていたいな、楽しいなと思った頃にふと目が覚めてしまった。布団からもぞもぞ動き出して、どうにも眠りが浅いことを実感する。わりと早く寝ているし、早く起きている自信はあるのだけれど、まだまだ足りていないのだろうか。なんだか体も元気がないし、精神的にハツラツもしていない。おいしいものを食べているはずなのに、やっぱり体に元気がない。ということは眠りが最大に足りていないのだ。

 

”ストレス発散”で更に疲労がたまるという悪循環

こういう時に体を起こそう、楽しいことをしよう、おいしいものを食べてパワーアップ!とすると逆効果になりがちだ。そういった楽しいことを望んで歩き回ったり外出したりエキサイティングに人と会話する行動には、エネルギーが当然必要になる。この時、エネルギーの収支があっていないと当然疲労がたまる。

太陽光を外に出て浴びよう!というのはよくある話だけれど、正直太陽光を浴びて元気になれるというのはいささか信者にすぎる。太陽万能論は簡単で強力に見えるが、まともなお医者さんなら患者さんの様子を見て「ゆっくり外に出ず休んでください」という指示をするはずだ。そんなに太陽光が必要なら窓を開けていればいい話だ。外に出る必要はない。

ストレス解消をしようとして必死になってエネルギーを使い、その反動で負荷がどんどん高まってしまう。筋肉痛に既になっているのに更に運動して超回復を目指そうとする感じだろうか。超回復を神聖視しすぎている。きちんとした栄養を取って休むことが筋力トレーニングでは大事とされる。トレーニングと休息は同じ価値を持つ。これと同じことが精神的なダメージとかストレスにも言えるのだと思う。

疲れていたり、ストレスが溜まっている時は無理に外に出なくていい。いわゆる”ストレス発散”に期待を持ちすぎてはいけない。”ストレス発散”がきちんとできれば自分の今抱えている疲れや不安な気持ちが吹き飛ぶと思い込みたいのかもしれない。だが、実際は自分をますます頑張らせてしまうだけだ。自分が暗く落ち込むように外に出ないことを恥じる必要はまったくない。どうも世間は疲れて家に籠ることを”回復法”とは考えられないらしい。

ちょっと考えればわかることだが、肉体的疲労に何もしない休息が必須だと言えるのに、どうして精神的疲労に”なにか活動的なこと”をしなければならないんだろうか。ゆっくり何もせずに休んだことを精神的な超回復とでも言えばいい。もう少し精神的な休息も市民権を得てほしいものだ。

 

疲労回復の最大の手段、休息をお金で何かに代替してませんか

同じように栄養についても世間は厳しいように感じる。疲れている時にこそ栄養たっぷり、回復を早めるものをたくさん食べよう、とか。だが、そういうのは健康になってからでいいと思う。本当に疲れ果てたときはまず休息が第一だ。休んだ後で食べたほうが元気になれる可能性はある。自分の体験だが、つもりに積もった疲労と良質な栄養は交換できない。疲労の回復には間違いなく休息が必要だ。

本当に簡単なことだが、どうも”休めない”、”24時間がんばらなくては”なんて言ってると疲労をなんとか別なもので代替したくなる。けれども所詮、代替でしかない。良質な栄養なんかより余程疲労に効果があるのは何もしないで休むことだ。自分に休むことを制限したり、削ったりしたツケは何かでごまかしたくなるかもしれないが、それを無理をするというはずだ。人間の基本機能を削って生きようとすれば、機能不全に陥ってもおかしくはない。

 

明日の自分のために、”今”休むという選択肢をとること

精神的に疲れてるなとか以前よりも楽しくなくなってきた…と感じたときにすることはまずゆっくり寝ること、何もせず休むことだと思う。何か楽しいことを見つけなきゃ!として”焦って探す”ということが既に多大なるエネルギー消費になってしまう。焦らず今は充電期間…とそのままの自分を受け入れること。そして今は不十分な状態、元気がない状態なのだから元気がある状態になるまで待つことだ。無理やり自分を元気がある状態になんてできはしない。自然な回復によってのみ元気がある状態になれるはずだ。だから今元気がなくても問題はないと考えること。

日常に不満があったりイライラしていたとしても、明日の自分が元気ですっきりと過ごせることを祈る。そういうことを自分にしてあげられる自分にしてあげたいなと思っている。今の自分が頑張るために、今の自分を犠牲にしてしまうと明日の自分はもっと苦しくなってしまう。だから今の自分を大切にするために、今の自分をゆっくりと休ませてあげると明日の自分が頑張れるんじゃないか。

”今”を生きすぎていると、未来が犠牲になったり未来を信じられない気持ちになってしまう。”明日やれることは明日やる”じゃないけれど、明日の自分が元気で過ごせるように気遣うことはきっと素敵なことなんだと思う。