かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

ツレがうつになりまして。は映画版も文庫版もよい!かなり前向きな本。

 

「うつ」ってなんだろうか?

最近「死ぬ辞め」、「うつ抜け」、「ちょっと今から会社辞めてくる」など社会的に日本人の労働とか精神衛生について話題になっている。電通の事件もあったし世間の関心は非常に高くなっている気がする。先日もニュースで企業への平均残業時間の提出を検討しているらしいし、意外と身近になってしまっているうつ病への理解が広がっていくのではないか。

ツレがうつになりまして。 (幻冬舎文庫)

ツレがうつになりまして。 (幻冬舎文庫)

 

 「ツレがうつになりまして」は表紙から非常にゆるキャラチックな漫画っぽいエッセイみたいな本だ。誰でも気軽に読み始められるようなポップな感じが出ている。この本は「ツレ」=夫を妻からの視点で見た観察日記のようなものだ。基本的に著者目線で書かれるのだけれど、かなりポジティブというか…あまり深刻さを感じないように振舞っているように見える。その姿勢が読む側に対して暗さ、湿っぽさを過剰に感じさせない効果を生み出している。

 

だいたい100ページくらいの薄い本で、ほんとにあっという間に読み切れてしまうのだけれども、そこに籠められた想いが大きい。その想いをきちんと受け止めるには何度も読み返さなければならないほどだ。

 

「ツレ」が勤めていた会社がだんだんと業績が傾き、人員が削減された結果として膨大な作業を一人でこなさなければならなくなってしまう。身体にも精神にも異常が出始める。ごはんが食べれない、朝異常なほど怯えて寝付けもしない状態なのに出勤時間になった瞬間に表情が切り替わり出社していく…。

 

最初の内は「元気がないだけ」「やる気がない」「邪魔」としていたが、だんだんと異常性に気づき病院にかかったときには既に末期のような状態になってしまっていた。そんな感じで物語はスタートする。

 

だいたいは「ツレ」がうつになった時、どういう行動が見られたのか、そしてどういう態度をとったのか…というのがわかる。例えばツレは布団に包まりずっと寝ていることが多くなった。これをこっそり「眠り王子」と呼んだり、しくしくと布団に包まり泣いてる姿を「カメ布団」と名付けてしまったり…。ともかく「うつ」に著者が引きずられていない姿がどこか印象的だ。

 

もともと著者はネガティブで暗い性格で、反対に「ツレ」が丁寧、はきはき、決まり事をきっちり守る真面目さ、ポジティブという凸凹コンビだったらしいが、「うつ」がきっかけで役割がすっかりと変化してしまったらしい。

 

ちょっとずつ「ツレ」自身が自身の病を受け入れていくプロセスも書かれていて素晴らしい。物語の後半では「自分はちょっと調子が悪いくらいがちょうどいいんだ…」と告白している。いつも調子がよくなければいけないと思い込んでいたが、そうではなかった。自分が怠けている、自分の夢を全然叶えられていない…そういった責める気持ちをいくつも背負ってしまっていたのだ。でも自分は病気を完璧に治さなくていいんだと言っている。自分の欠点、もしくはちょっとした特性をそのまま受け入れられるようになったということは大きいと思う。

 

映画版もとても感動的

実は映画版もあってそちらもとてもオススメだ。主演が宮﨑あおい、堺雅人という豪華キャストである。だいたい本と同じストーリーなのだけれども、ディティールがものすごーく細かい!そこが一番の見どころと言っていい。堺雅人「うつ」の演技がとんでもないほどに上手いのだ!

 

冒頭で深刻なうつ状態の時、会社の電話のクレームに対して自分の名前が間違っているんですよ…と暗く…ゆっくりと…生気のない表情で亡霊のように喋る姿は本当に「コイツヤバイ」と一発で思わせる演技だ。

 

うつで寝込んでいる最中の弱気、泣き演技も素晴らしい。「苦しいよ~つらいよ~」といいながらシクシク泣く演技がこれまた上手い!見ているこちらを苛立たせないような、それでも湿った情けないおじさんの声がしくしくしくしく…と小さくほそーく響く様が…とっても名演だと思う。

 

一度深刻な場面がある。とてもつらいシーンなのだが、たまたま原稿が上手くいっていない時に「ツレ」に対して厳しい態度をとってしまう。その後にお風呂場で死のうとしている「ツレ」を発見する。大丈夫かと詰め寄ってみるとか細く謝る声が聞こえる。「僕はもう必要とされていないんだと思って…」そういって泣いてしまうんだけど、それを聞いて「ごめん本当にごめん」と泣きながら謝って二人とも傷ついて泣き合う。このシーンは本当に見てるのがつらくて何度見てもこちらも涙が出てくる。病にかかった人と寄り添う難しさと、それでも寄り添って支え合って生きていこうとする素晴らしい夫婦の絆、両方が名演によって引き立てられていると思う。

 

書籍にも書籍の魅力があるし、映画版は映画版にしかない、細々とした感情に力強く訴えかけてくるパワーに満ち溢れている。どちらも非常に素晴らしい。

 

おわりに

この本は優しい本だ。著者も実はこちらに気を使って書いている部分があったのかもしれない。ツレ自身も著者に対して感謝の言葉を書いている。書籍のほうでは「ツレ」のエッセイも何個か短く入っているのだけれども、その中で最も印象的だったのが下の引用だ。

(中略)

ボクたちは一年前は欠席したので、二年ぶりの参加だった。(中略)

相棒の番になって彼女が立った。

「結婚式の時に読み上げた『制約』を、また読み上げて胸にこみあげてくるものがありました。それは、『順境の時も逆境の時も、病気の時も健康の時も』というところです。去年は彼が病気で…」

 そこまで言って、彼女は嗚咽で先がつづけられなくなった。

 

ツレがうつになりまして。 P99 ツレのつぶやき 7 結婚10年目の同窓会

この後に「ツレ」は彼女がきっと自分の痛みを親身に感じて、そして支えてくれたことに気づいて自分も胸がいっぱいになったと続けている。

彼女の本文中には出てこない、本当につらかっただろう部分が「ツレ」目線でようやく出てくるのだ。それまで読者の視点からはかなりポジティブで困った姿、弱い姿なんてちっともなかったのに。けれどやっぱりつらいものはつらい。それでもこの話をきちんととりあげて、そのうえで「ツレ」が彼女に対して「ありがとう」と言っている。この話を読むだけでも相当読者の立場としても、著者は強い人なんだと勘違いしていたことに申し訳ない気持ちと何か胸にこみあげてくるものがある。その場面にきっといたらつられて泣いてしまいそうだ。だって本を読むだけでこれだけ心に響いてくるのだから。

 

この本は優しさにあふれている。こういった本と出会って読んでいくと少し心が穏やかになる。いくつか笑いもあって、その中に涙があって。そのうえで前向きに生きていくことを決めた二人の姿にどこか励まされる。ただの体験談やエッセイとしてではなく、日々がいささか生きづらいなと感じている人にもきっと安らぎになるはずだ。