かやのみ日記帳

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テレビのニュースを見ないことによる精神保護

 

テレビのニュースを見てると気分が落ち込む

テレビをまったく見ない生活を送っている。テレビがあまり好きではないからというのもあるが、一番見たくないのはニュースだ。ニュース番組は様々な事件や世の中の出来事をまとめてお知らせしてくれるのだけれども、そのニュースの影響でこちらの気分が悪くなる。

 

ニュースでは○○連続殺人とか放火とか誘拐とか…そういった話をばんばん流す。そうして事件の背景、犯人像、遺族の悲しみ、憤り…専門家の怒り、視聴者の防犯意識を呼びかけるための恐怖の煽りなど…。そういった暗いニュースを見るとこちらの気分も影響されてしまい落ち込んでしまう。まるで自分の身の回りや世の中がさぞ不幸な出来事であふれているかのようだ。

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数十年前に流行った曲だけれども、皮肉の歌詞としてニュースキャスターはいつだって明るい顔をしてないなんて歌っている。真剣そうな表情だったり、ときおり子供たちの演芸会などの時は顔がほころんだりするのだが、基本的にずっと同じ感じだ。ニュースキャスターの素質やスキルとして悲しみや怒りに引きずられないように心掛けているのだろうけれども、伝わってくる内容がつらい。むしろ、そういった世の中の悲しい出来事を沢山受け取らされていて、気分が落ち込まない人がいるのだろうか?

 

テレビを見ないと馬鹿になる?いやいや…

テレビを見ないと馬鹿になる…なんていう10年くらい前には考えられないような発言がネットで話題になったけれど、実際新聞のようなある会社や組織が情報をまとめて配信するものを受け取らないと世情から疎くなってしまうのだろうか。すべての事件に対してアンテナを張り、そのうえできちんと読み込んで自分の意見を持つべきなのだろうか。

 

自分はそうは思わない。現代社会は全世界中のありとあらゆる情報が錯綜しているから、いちいち情報の中身まで見る必要はないと思う。もちろん個人がどういった情報を受け取るのか、そしてきちんと偏向しないように受け取るのはとても難しいことだけれど、それでも自分の精神を守るという意味でも詳細な情報をなるべく見ないでタイトルだけ受け取るというような取捨選択ができるようになるべきだ。

 

テレビは基本垂れ流しでユーザがスキップしたり、詳細を見ることができない。全て同じ量、同じ長さで流れていく。だから自分で受け取る情報を短くするか、それとも長くするかということをきちんと決めておいたほうが良いと思う。あまり殺人事件の陰惨な情報や遺族の声をじっくりと聴いて心を病む必要はない。自分に必要なのは事件の起きた場所、時刻、注意点、犯人の逮捕の有無、教訓ぐらいだ。

 

新聞はいいものか?これはもう電子化が進んでいると思う。日経や朝日の電子版はよくちらほらとはてなブックマークなどでバズっている。もうハードウェアに制限されるような情報配信は嫌われる時代なのだ。昨今のHuluのリニューアルでHDMIのディスプレイしか再生できないことが発覚した時、ネットのユーザから強烈な反発があったように。いつでも、どこでも、ユーザの自由に再生できる情報源が求められていると思う。

 

おわりに

就職活動なんかで新聞を読まなきゃとかテレビでニュースを見るとか…。そういったものよりもネットで電子版のタイトルと概要をちらっと見てネットの反応をちらちら見て話すだけでも大幅な時間短縮になると思う。それに過剰にニュースというものに入れ込まなくて済む。ニュースという情報の中に野次馬精神が紛れ込んでしまうのがよくない。

テレビは動画なのでユーザの目を引きやすいと思うのだが、しょせんは情報取得と割り切ってしまえば文字でぱっと取得したほうが一瞬で済むし、精神へのダメージが大きくはないと思われる。ともかく情報を得るときに過剰に感情にフィードバックすることを抑えることが大事だと思う。