かやのみ日記帳

読書の感想や思想を毎日書いています!

他人を責めたり世の中に不満をぶちまけるようなことをなるべく書かないようにしている

 

書いているうちに気付く

自分でブログを書いている時に気を付けたいと思っていることは、タイトルの通り。うっかりしていると他人に対して露骨に攻撃的な文章を書いていて、非常に気が強く責めているものが出来上がってしまうこともある。また、不特定多数や世の中の不条理とかに対して不満とか愚痴とかそういったものをぶちまけてしまうこともある。自分がおかしいんじゃなくて、世の中がおかしいんだというように。

 

そうした文章を書いている時、ある時点でふとこの先は書けないな…と思ってしまうことがある。筆が思わず止まってしまうような場面だ。なんとなくこの先は泥沼にしかならないなと思えてしまうのである。ふと、自分はどうしてこんなに人を責め立てているのか、どうしてここまで力を込めて書いていたのか…動機がいつのまにか消えてしまっていることがある。

 

こうした恨みとか妬みとか、やりきれない気持ちなんかは書いているうちにいつの間にかすっきりしてしまうようだ。ただ外に出さなくてもひたすらに書き込み続けているだけでどうやら消えてしまうこともあるらしい。それにいくらか冷静な頭を取り戻せるようになる。

 

匿名ダイアリーの思い出

実は以前にはてな匿名ダイアリーで何度か書いていたことがある。何度か恨み言とか不平不満とか…そういうことを誰も見ていないだろうと思って書き綴ってきた。その結果が面白くて、自分が書いた不平不満にはホントに一切コメントやブックマークがつかなかった。まったく持って意味がなかったのかもしれない。

 

逆になんでもないようなつぶやきとか気になったことを書くとちょっとだけコメントがついたり賛同が得られたりした。ずいぶん自然な反応で少し驚いた。自分にとって何気ない普通のことをかいたつもりなのに、なぜかド天然扱いされてしまい珍妙なバズになってしまったこともあった。

 

何度か狙って自分が書いた世の中に対する不平不満にそれらしい説得力をつけて文章を書いてみたこともあるのだけれども、やっぱりぜんぜん誰にも反応をもらえなかった。とはいえ厳しいコメントもなかったということでホッとしている自分もいた。世の中に対して強気でいたにも関わらず、実は自分の心の内側ではすごく怯えていた。

 

そのうちそういったネガティブな世の中に対する不平不満を書いて投稿しようとしても、なんていうか書いたものを投稿せずに全消しして寝てしまうことが多くなってしまった。自分の中で「きっとこれもまた反応がないはずだ、だから消してしまったほうがよほどすっきりするはずだ」と言い聞かせることにした。実際それで傷つくこともないし、ほんの少し自分の中で気持ちの整理もできるようになった。

 

それから数年たって、まったく匿名ダイアリーにも書かなくなってしまったのだけれどこうしてまた文章を書き始めるようになったのはちょっと面白いことだと思う。匿名ダイアリーで書いていた頃は二週間に一回とか一ヵ月に一回とかで500文字以下だったのだけれども、今現在は毎日平均2000文字かけるようになってしまった。

 

でもこれは匿名ダイアリーに少し育てられたからだと思う。ちょっと書いてみてどのような反応が得られるのか学ばせてもらえたからだ。その経験は得難いものだったし、今も役に立っている。

 

まだまだ未熟

本当はわかっていることなんだけど、やっぱりほんの少し世の中への不満とかが漏れてしまっている時もあるし、自分の昔受けた仕打ちなんかに言及している時もある。あんまりよくないことだなあと思いつつも、それでもなるべくポジティブな提案になるように心掛けてはいるつもりだ。

 

なんていうか自分がヘイトを叫びたてるんじゃなくて、もっといい世界になるといいね、そして今を生きて頑張って耐えている人なんかに共感していることを伝えた上で応援しているというようなメッセージを書いていきたいと思っている。

 

もう少し大人になれたらもっと上手く感情とかを処理してそういったことを書かずに表面的に穏やかなものを見せられるようになるのかもしれない…なんて思っている。今はまだ全然自分の感情をうまく処理できないからこそ、時々長文なブログ記事を書いてしまったり、文字数が少し少ない記事を書いてしまったりと安定していなかったりする。

 

これからもなるべくならば記事については前向きなものを書いていきたいと思う。なによりも前向きに書いている文章というのは楽しいものだし、そうした記事を毎日書いていると心の調子が整っていく気がする。自分らしさというものを少し出せている気がしてくるのだ。

 

 おわりに

現実で過ごしていて経験してわかったことが一つある。それはいつもご機嫌でいる人というのは一緒にいて過ごしやすいということだ。基本的に性格がプラスでいる時間が長い人と過ごすとその人と過ごす時間も平均的にプラスでいられる。

 

ところがネガティブな性格の時間が長い人と過ごすと、どうもそれにひきずられてしまう時間が長くなる。何か話すと抵抗されるというのはなかなかやりにくい。返事が「でも、どうせ…○○」などだと疲れてしまう。

 

以前は自分もたいへんネガティブだったのだけれども、たまたま性格が常にプラスでいるご機嫌な人がいてくれたおかげで気づいた。例え自分の心がどんなに落ち込んでいたとしても、相手に対してプラスの応答を返すことって大切だなと。自分の今感じている気持ちを移しちゃうのは申し訳ないなということ。

 

もちろん本当に落ち込んでいる時は助けてもらえばいいのだけれど、たまたま車に水をひっかけられたとかでイライラしてたり落ち込んでしまっていても、それを相手にぶつけちゃダメだなということ。少しおどけて洗濯の手間が省けた!くらいで返したほうが相手も少しプラスでいられるし、そのプラスの反応に相手が安心してちょっと笑ってくれれば自分にもプラスが返ってくる。そんな感じだ。

 

インターネットでブログを書いていてもなんとなくそれを思うときがある。基本的にみんなバラバラの記事を見る。それを書いている自分というのは、その日ごとにテンションが違う。けれどもたまたま見た記事が本当に機嫌が悪くて攻撃的だった時、誤解されてしまう可能性が非常に高い。ただでさえ表情もなく文章しかない中だし、記事はいつまでも残ってしまう。現実とはまた違ったリスクがあるなあとぼんやり思う。

 

 

必ずしもプラスのことが書けるわけでもないし、テンションが一定で保たれていることはまずないのだけれども、なるべくならブログを書く上での心構えとしてあまり心がぶれないような記事を書き続けられたらいいなと思う。そういった目標や夢みたいなのをもってちょっとずつ書き続けている。