かやのみ日記帳

読書の感想や思想を書いています!

読書好きと本好きは実は違うのだろうか

 

他人から勧められた本だったり、どうしても読まなくてはならなくなったりした本というのはなかなか読むスピードが速くならない。一度で全て読み切るには結構な体力と精神力が必要になる。必要に駆られたとしてもあまり読むスピードは速くならない。

 

けれども自分が読みたいと思って読む本はあっというまに読み終えてしまう。長時間読んでもまったく苦にならない。本が好きになるということが実は本を自分のものにするために重要なんじゃないかと思う。

 

よく小学生や中学生の頃は自習なんかでやることがなくなると国語の教科書を読んで適当に先に読み進めることがよくあったと思う。なんでもいいから時間をつぶそうと思ってしょうがなく手に取るのだけれども、気が付くと面白い小説の一部分があったりする。たまたま読んでみて気に入るとなんとなく続きも読みたくなってくる。その時にはもうその本のことが好きになっているんじゃないか。

 

教科書というシステムはよくできていると思う。絶対に読まなければならない本だから一度は絶対に触れられることになる。たとえ本に対して興味や触るきっかけがなかったとしても、強制的に触れさせられる。そうして暇つぶしだったり、だらけて読んでいたとしても、ふと名文に引き込まれる瞬間がある。その瞬間からその文章が好きになり、そして本が好きになっていくのだと思う。いや、その前に一つ段階があるのかもしれない。それは本の続きに興味を持って、読み終わると満足しておしまいになってしまうパターンだ。

 

なんとなくテレビ好きとテレビ番組好きの違いと言えるかもしれない。テレビ番組好きというのは特定の番組が好きなだけで他の放送には興味がないかもしれない。しかしテレビ好きというのはテレビの前に座っていろんな番組を見てリラックスするのが好きという感じだ。同じように読書好きと本好きはちょっと違っているのかもしれない。

 

教科書がもたらすものは最初は本好きにさせることなのかもしれない。なんでもいいから一つの本のエピソードを好きになってもらう。そのあとで徐々に読書好きへと移行してもらいたいという意図があるのかもしれない。読書好きになるには自分で好きな本を探すという、もうワンステップ必要になるはずだ。与えられたものに対してすごく気になるなら読むし、そうでもないなら放っておいていいやという態度からもう一歩進むのはギャップがあるのかもしれない。だから読書好きというのは人数が限られてしまうのかもなあ…なんて思ったりした。