かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

神社のお賽銭には何円が適しているのか少し気になった

 

お賽銭に決まりはあるんだろうか?

神社が好きで良くお参りに行く。病める時も健やかな時もできればお参りに行きたい。何もなくたって神社でお参りすると心が洗われる気がする。パワースポットなんて言うつもりはないのだけれども、なんとなく日ごろから神様に見守っていただいている、みたいな謙虚な気持ちで生きていきたいからだ。自分の振る舞いがちゃんとしているかを神様の前でしゃんと立ってみて自分を見つめなおすような時間にしたい。そんな風に思っている。

 

とはいえ毎回お参りしていると、お賽銭にいったいいくらを入れればいいのかちょっぴり悩む。自分がマナー違反していないか、礼儀知らずじゃないかちょっと心配になる気持ちもある。自分の場合は100円を入れることにしている。理由としては一番お世話になっている硬貨だからだ。何かと生活の基準が100円玉で動いている気がするから、きちんとお賽銭として使って綺麗にしておきたいという気持ちがある。

 

お賽銭で100円を投げてそれでいったい何がきれいになるのかと思うけど、まあ自分の心持ちだ。自分がいったい100円玉を何に使っているのか、100円玉をケチケチしないで投げることに意味があると思っている。とはいえ500円玉は生活に痛みを伴うのでなかなか入れられない。そんなしょうもない事情もある。

 

そんな風に考えて100円玉を毎回入れているのだけれど、ふと思ってしまったのがこれ実はすごい失礼じゃないか?ということ。神様にお祈りするのに100円って、アトラクションじゃないんだから、もっと神仏的に意味のあるようなお金じゃないとまずいのかなと。うーん、悩みすぎだろうな…きっと自分の心持ちが晴れやかなら通じるに違いないと思っていてもなんとなく周囲を伺いたくなる…。

 

やっぱり気持ちが大切です

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ということでお賽銭にいくら入れるのがいいのかをちょっと調べてみた。どうやら五円(=ご縁)をもとにいろいろ語呂合わせしてお賽銭するらしい。

1枚(5円)ご縁がありますように
2枚(10円)重ね重ねご縁がありますように
3枚(15円)十分ご縁がありますように

(省略)

で、10円は遠縁ということで避けられるそうだ。なので15円にしたりと工夫するらしい。なるほど。とはいえ良いことが書かれていたので重ねて引用する。

お賽銭は高いほうがいいというわけではありません。また、いくら入れるのがいいのか正解!というのも特にありません。

5円でも良し、100円でも良し、縁起のいい意味であればいくらであっても問題はないのです。

それよりももっと大切な事は見返りを求めない心。

「今年はお賽銭に○円いれた」なんて得意げに周りに話をしている人がいたとしましょう。(そもそも周りに言いふらすこと自体どうなんだって話ですが)

その人は頭の中では「◯円も使ったんだからきっといいことがある」という気持ちもどこかにあるはずです。

ですが、神様へ見返りを求めることは大変失礼な行為ですよ!

金額よりも神様への感謝の気持ちがなによりも大切ですから、そこは勘違いしないようにしましょうね。

うんうんと思いつつも、自分の無意識でよくなることを期待していたりしていないか。そういった心もきっとお見通しに違いないと思ってますます謙虚に生きねばなあなんて思う。

 

あとはお作法。ちゃんと作法を守って参拝できるのは自分の心持ちにとってもきっと良いはずだ。日ごろからこういったことをきちんと守れるような大人になりたい。

 

おわりに

というわけで調べてみたけれど、100円を入れても特段失礼には当たらなそうで安心した。大切なのは見返りを求めない気持ち。どう自分の中で向き合っていくかという心が大切なのかもしれない。