かやのみ日記帳

読書の感想や思想を毎日書いています!

AIに職を奪われるというのはどういうことか?それは本来の価値を奪われるということかも。

 

AIが人の仕事から奪うモノ

AIという単語を最近よく聞くようになって特集なんかも組まれるようになったと思う。そうすると人とAIの関係について心配する声もあるだろう。よくあるのがAIは人の仕事を奪うせいで、雇用が減ってしまうのではないかという危惧である。

 

けれどよくあるのがAIでは出せない職人の味とか人の温かみ、コミュニケーションを大切にしているから例えAIとか機械が入って来てもまったく問題ないという話である。けれどもこの考えにはちょっと自分は懐疑的だ。

 

AIに職を奪われるということ、それは仕事本来の価値を奪われることではないだろうか。もしくはその仕事の金銭面で大きい部分を奪われるというところか。人が機械的ではない、余剰のようなコミュニケーションによって価値を提供する。だが、それをメインとして売りに出しますよと宣言することは、すなわち本来の価値はAIに勝てませんという話ではないだろうか。わかっている人には当然の話かもしれないが、案外気づいていない人もいるんじゃないだろうか。

 

本当に人が求めているものを提供できるか

例えば旅行代理店とかツアーガイド、保険の相談員などだ。これらの職業はお客様第一でお客様との信頼関係がもっとも大事な仕事でありAIには任せられないという。もしくはAIがあったとしても人と人とのコミュニケーションを大切にするお客様が多いから将来食べるに困らないだろうという話だ。

 

けれど本当にお客が求めているものを提供できているだろうか。本当にお客が求めている価値は何だろうか。それはもちろん自分に最適なプランの提供である。これはある程度精度の良いお話AIとか心理テストの高精度版などでかなり代用できるんじゃないかと思う。

 

実際、現代の人々の多くはGoogleの検索などを使って行く先を決めているんじゃないだろうか。今日の夕飯は何を食べようか。それを他人に聞いたりせずにCookpadでレシピを検索したり…。場合によっては無料の健康レシピを提案してくれるコンシェルジュアプリなんかが出てしまえばみんなそれを使うだろう。

 

どのお店でご飯を食べるか?ということを誰かに聞くのではなくまず食べログなどで評価を見て決める人は多いだろう。だんだんと特定の人とか権威のある人に聞くのではなく不特定多数の集約された結果から判断するようになっている気がする。そして膨大なデータから結果を導き出すのはAIの得意分野だ。

 

そういった意味で一人の人間が膨大な情報量に勝つことができるのか。これから先どんどん莫大な情報を蓄えていき、成長に際限がないAI達に一人一人の人間が勝てるのだろうか。今の段階ではまだそこまで到達していないが…。そう思うと技術的な部分で人間が勝とうとするのは無理があるんじゃないかと不安になる。

 

 

そう思うと”人との温かみ”や”人にしか出せない”という表現は、一種の危機感による防衛反応ではないかと思う。機械に対する恐怖を感じ、代替されうると無意識で思っているから技術面での勝負を避けているんじゃないだろうか。

 

AIの成長は市場の成長に比例する?

NASAとかが本気を出して9000兆円くらい投資してビッグプロジェクトとして取り組んだら、とんでもない金額になるだろうが実現できる機械は誕生するだろう。しかし一度誕生し、需要がそこに存在するならば、小型化、改良化が進む。それには市場の資本が潤沢に使用される。この市場の資金についてが肝だ。

 

AIや機械に対する市場規模を見て全然小さいと笑うのはいい。成長速度もたいしたことないと。でも、市場規模よりもそこに関心をもち、参入しようと研究開発する企業やビジネスとして取り組もうと目を光らせている企業もある。だから予想より大きく成長する。

 

本来の価値や仕事を奪われたり、奪われそうになっている人たちは既に撤退戦略を考え始めているように見える。ここまでは来ないから大丈夫、いざとなったらこれがあるという感じに。だがいざ波が来てしまえばただ圧倒され蹂躙されてしまう。そういった気持ちが”人との温かみがある”なんていう漠然とした答えから感じられはしないだろうか。

 

おわりに

まだAIの脅威なんて感じない、身近にAIなんてあるの?なんていう人もいるだろうけどそういう人は実際には気づいていないだけじゃないだろうか。AIというのが異星人みたく喋って人間を攻撃するようになるまで”AI”というものは完成しないと思っている人も実は多いのかもしれない。まあSF映画の影響がものすごく強いんだろうと思う。

 

自分もあまりAIには詳しくないのでこんな感じで記事を書いて言うのもあれだが…。ともかくとして立派な、完全なAIというものがハッキリと目にしなくとも人々はその存在を無意識に感じて、脅威に感じているんじゃないかというのがこの記事の趣旨だ。本当は自分たち人間の知能が、記憶が勝てないんじゃないかと少しずつ思い始めたのではないか。

 

Google検索は本当に優秀だし、Siriもみるみる成長した。スマートフォンを持ち歩いていれば道になんか迷わない…。電話番号なんて覚えなくて済むようになった。もはや手を使わなくたって音声で入力できる…。それぞれ人間の必要な機能を徐々に機械が担い始めている。そう、自分なんかよりもずっと頼りになるからだ。

 

そういった日常の便利さをちょっとずつ実感しているからこそ、その先の未来について無意識は敏感に反応しているんじゃないかと思う。

 

…さて、人間の温かみとやらを再現しようと頑張り、ユーザが増え、データがそれに応じて集まったとき人の価値はいったいどうなるのだろうか。その時に”人の温かみ”以外に人間はどのような価値をもって仕事をしなければならないんだろうか。なかなか興味深いと思う。