かやのみ日記帳

読書の感想や思想を書いています!

ノートは、ただ自分の思考を書きだすだけでも効果があると思う。

 

集中できない自分

何か一つのことに集中して考えるというのが非常に苦手な性分で、それは文章を書くときも同じだ。ついついあちこち気になることが多くて、その分集中度が下がってしまうし、雑念まみれと言い切っていいかもしれない。ともかく自分でもなかなか一つのテーマと一貫した構成で記事を書くというのが非常に苦手だ。

 

この思考がふらふらするのを利点だと思ったり欠点だと思うこともある。気分がいいときは自分はいろいろ目を向けられて面白いけれど、気分が悪いときは自分は何も成し遂げられない、地に足のついていない人生なんだとぼやくこともある。

 

学校の勉強にも苦労した。学校の勉強というのはたくさんの知識を覚えて、それをテストで正しく解答するというものだと思う。その知識というのはあんまり活き活きとしていなくて、無味乾燥としたものに感じていた。

 

何故それを学ぶのか、その知識はいったい何とつながるのか、この知識はどこへ発展するのか、そして現実にどのように反映されていたりするのか。そういったことが気になってしょうがなかったのだけれど、この好奇心をいかに勉強というものに活かせばいいのか、なかなか見つけられずにいた。

 

自分の為のノート作り

転機が訪れたのはノートというものに着目したからだ。ノートというのは難しくて、人によって全然作り方が変わっている。例えば忠実に黒板を移しただけのものもあれば、字がめちゃくちゃ汚くて本人以外まったくわからないもの、落書きが豊富にしてあるもの、カラフルすぎるものなど。それぞれが自分の勉強の効率アップに最適な方法でノートを作っていく。

 

なんとなくノートの重要性はわかっていたものの、自分に最も合ったノートづくりというのがまったくできずに苦しんでいた。ずっと正直に黒板のみを移して、問題の答えを書いたりしていたぐらいでどのように書けばいいのかわからなかった。

 

そうやって悩んで過ごしていた時、いつだったかわからないが気づいた。そうだ、自分の頭の中でしゃべっていること、それをそのまま記録しよう。そう思いついた。頭の中でいろいろ喋ってごちゃごちゃしているものを紙に書きだそう。そうすれば頭の中もすっきりするし、後で見たときに自分が何に興味を持っていたのか、苦しんでいたのかなどがわかる!

 

このやり方は自分にとってよく合っていた。ぶっちゃけて言えば、これは日記になっていたのである。過去に自分がどんな気持ちで授業を受けていたかということが丸わかりになっている。もはや板書だとかそういうものではなく、本当に自分専用のノートと化した瞬間だった。

 

レイアウトなんかも全く気にせずに自分が思ったことをスラスラとどこにでも書き加えていく。これって本当に使えるの?とかもしかするとこれってアレと似てるなー。とか。本当にこのまま書いている。自分の思い付きをただノートに書くだけでなかなか楽しく授業を受けられることにも気づいたし、後から見直しても日記のように楽しめるということで自分にとっては最高の方法になった。

 

実はいまでもこの方法でいろんなことをやっている。もちろんブログを書く時だって似たようなことをやっている。自分の頭の中の声を最大限に活かして書きつつ、はみ出た思考はノートにとりあえず書いて落ち着かせる。それだけでもわりと良い効果になっていると思う。

 

おわりに

この自分の考えをただノートに書きだすという方法、人に見せられるようなノートにならないのが唯一困るところ。だけどそもそも人にノートを見せなければいいだけの話である。というかノート見せて?という人には別な人がきっと見せてくれるだろうし、何よりそんな人の目を気にして作るものでもない。

 

ノートは自分用なのだから自分なりにカスタマイズするのが一番良いと思う。それぞれに合った取り方が一番良い。そのスタイルは仕事だとか趣味のことでもきっと同じようにすることで効果が上がると思う。