かやのみ日記帳

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仕事が長すぎると家で過ごす時間が労働待機時間になってしまう

 

自由時間か待機時間か

仕事が過酷で残業が長いほど家でゆっくりと過ごせる時間は短くなっていく。家についてから寝るだけだと自分の時間はないに等しい。こういった状況を考えると、仕事が終わった後の時間=労働待機時間に思えてくる。次の労働に備えて休憩するための時間。

 

この考えは本当に正しいのだろうか。普通の人が過ごす平日の仕事終わりの時間は、労働待機時間なんだろうか。次の仕事に備えるために個人個人が管理するべき時間なのだろうか?それはちょっと悲しいように思う。全ての時間は基本的には個人の物のはずだから。

 

いつの間にか自分の持っている自分の時間が次の仕事のための時間になってしまう。これが強く常態化すると自由がまったくないように感じると思う。休みの日だってなるべく休みたい、寝たいと思うのは次の仕事に備える意味合いだろう。きっと労働待機のための長めの休憩になってしまっている。

 

日本人はそういった時間への意識が違うのかもしれない。よく海外に揶揄されるのは日本人は時間に厳しいけど同じように時間に無頓着だというやつだ。遅刻は絶対許さないのに残業には異常に寛容であるという点。もしかすると自分の時間であるという意識が薄いのかもしれない。

 

学校では放課後というのは部活の時間かもしくは遊びの時間のように感じられていたと思う。その後に授業というものは存在しない。宿題はあるかもしれないけど、いつでも自由にやっていい。放課後、家に帰って過ごす時間は学校に行くまでの待機時間のように感じることは普通はほぼなかったはずだ。

 

仕事に自分の時間を使った後に残された時間はいったいなんだろうか。仕事のための休み時間か、それとも自分の自由に使える時間か。学校と比較するとまたいろんな発見がありそうな気もする。自分の最近の生活を振り返って、そんなことをふと思った。