かやのみ日記帳

読書の感想や思想を書いています!

自分の人生に必要なものをすべて持っていますか?足りていますか?

 

自分の人生に必要なものは?

人生に必要なものをあなたはすべて持っているだろうか?という質問はちょっと面白いんじゃないかと思う。多くの人はいいえと答え、きっとお金が足りない、車が欲しい、家が欲しい…などなど。まだまだ欲求不満であることを言うかもしれない。

 

人生に必要なものはいったいいつ満ち足りるのだろうか?いつまで我々は欲求不満でいなきゃいけないのか?ここまで書くと察しがつかれると思うけれど、自分が満足するまで終わりはないというわけだ。永久に満たされないと思っている人は本当に永久に満たされない。

 

これは引き寄せの法則で考えると少し面白いんじゃないだろうか?自分が満たされたいと思い続けている人は永遠に救われないんじゃないだろうか。もしくはある時に瞑想だとかに出会って悟りを得るかもしれないが…。

 

と、まあ悟りについて書きたいわけではなくて、実際自分の俗なところでいうと積読が非常に多いのだ。そうして積読たちを見るたびに思うのは「きっとこれからの人生で必要なものはここにそろっている気がするなあ」と。

 

新しい本…新しい本を!といささか求めてしまうんだけど、大事な本は何度も何度も読んでは新しい発見があり、そのたび血肉になっていく。何度も今の自分に必要なのは新しい本を買うことじゃない、本を読む、それを学ぶ、考える、実践する、それだけなんじゃないかと。

 

新しい本を欲しがっても永遠に満たされない。新しい本をたくさん読んでもおそらく満たされない。本当に必要なのは読んだ後で血肉にして実践することなのだから。そしてそれらはなかなか血肉にはならない。たくさんとっても時間が減るだけだ。

 

だからか「今の自分に必要なものは実は今の自分の周りに全部あるよなあ」なんて少しだけ満足じみたような、よくわからない妙な寂しさというか、自分への情けなさみたいなものを感じたりする。

 

anond.hatelabo.jp

この記事がブックマークに上がっていて最初に思ったのは、なんだか周囲や自分に新しいものを期待しているんじゃないかなあということ。なにか新しい天啓、刺激、衝撃を期待しているように思う。自分を壊してほしい感じ、もがいて抜け出したい気持ち。同質でいたくない気持ち。これらは”なにか足りない”というものだと思う。

 

が、自分は「足りないことはわかっていて、しかも埋める素材があるのもわかる」「だが気合がたりない…目移りしちゃう…だらけちゃう」そんな感じなのだ。

 

先日にも書いたけれど世界は全然つまらなくないし、刺激が足りないわけでもない。自分に必要なものはあるとわかってるけど、目を背けちゃってるよなあと後ろめたさを感じたりしないだろうか。自分はいつもだいたいそんな感じだ。