かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

もう一度マトリックスを最後まで見通した感想

 

うっかりオススメを見てしまい

 というわけで、つい先日に仁義なき戦いを全編見終わった結果Netflixのオススメがヤクザ、アクション映画ばかりになってしまった。しかし見終わったものがオススメに居続けられてもなあ…という気持ち。

 

ポプテピピックじゃないけど「もう見た」…。まあ名場面・名台詞が多いので見直したくなる時もあるので間違いでもないが。Amazonのおすすめもよく似ているよなと思う。

 

さて、休日だしせっかくだから映画を少し見るかとNetflixを開くと次の自分へのオススメはマトリックスらしい。しかしマトリックスは何度も見たようなきがするけどいまいち主題などが掴めなかった思い出がある。なんでスミスは大量に増えたのか、そもそも何を目的として戦ってたのか忘れた。

 

そんなわけで一作目を見るか…と軽く見ようとして全部見てしまった。仁義なき戦いとまったく同じことを繰り返してしまった。成長がないというか懲りないというか。Netflixのオススメ、おそるべし。満足しましたけれども悔しい。

 

さて、マトリックスで疑問だったのはまさしくテーマである。いったい何を目的としてどこがゴールだったのか?そして何故スミスが増えてしまったのか。

 

プログラムは全然変わってないと思う

ストーリーを全編通してみてわかったのは…たしかに非常に因果的なことであったということ。ネオは預言者や設計者によって選ばれた救世主という役割を持った人間。そういった特徴を持ちうる&能力があると見做された公式なイレギュラー的存在なのだろう。

 

だからプログラム側の預言者、設計者は自分たちの思惑通りになるようにネオを操る。結局のところ預言者のほうが一枚上手だったという結果で幕を閉じている気がする。というか実際のところプログラムはプログラム通りに動いただけにすぎないというのが皮肉めいているというか、救いがないなあと少し感じてしまった。

 

どういうことかというと設計者は完璧主義、バランス主義で預言者は不完全、アンバランス主義。そういう目的を持ってそれぞれが自由に生きている。これは他のプログラムたちも同様で子供を成したり、逃げたりしているからわかる。それぞれがそれぞれの目的のために生きている。

 

だからプログラムは互いに敵対しているように見えることもあるが、基本的には自分たちがやりたいこと、もしくは使命どおりに動いているにすぎない。例外はスミスくんだろうか。ある意味もっとも自由なプログラムであるといえる。暴走しているわけだし、実際完全に掌握しかねないほどの増殖ぶりであり、目的を見失ってる感があった。

 

Horizon Zero Dawnと似てるなあと思う

なんかこれ似ているなあと思ったのはネタバレになるがHorizon Zero Dawnである。このゲームは人類が機械を発展させすぎて制御不能になりほぼ人類滅亡まで行ってしまう。

 

その後、なんとか人類は良いAIと悪いAIみたいなものを作り出し、それぞれにバランスを持たせられるように作った。良いAIが頑張って地球をきれいにしたり生態系を整える。しかし悪いAIが良いAIの失敗時にすべてを無に戻したり破壊したりする。ともかく人類とは良い部分と悪い部分があるという思想のもとに同じように作った。

 

まあこれが原因で悪いAIのほうが賢く、それでいて人類も愚かだったので良いAIがほぼ死亡してしまうわけなのだが…。題材が似ているよなあと思う。Matrixでは結局、平和を望む機械だけが発展しない、人類の不安定さを許容するプログラムが優勢になって落ち着いたと言える。

 

だが、結局のところ人類とは和解したわけじゃないし、機械はまったく滅亡してないし、トレインマンとかフランス人の小悪党なんかも生き延びている。プログラムは依然としてプログラムらしく生きているわけだ。なにも変わっちゃいないんだろうなと思う。

 

スミスたちはなぜ爆発していったのか

さて、スミスがなぜめちゃくちゃ増えちゃったのかといえばネオのせいである。一作目のラストでスミスの中にネオが入ってしまったのが原因なのだろう。そこからスミスは独自に自分を増殖させる術を得たわけだ。

 

で、最後になぜ増えすぎたスミスを倒せたのか、なぜネオが死んでしまったのか。それはスミスのデメリットの一つとして取り込んだ能力をそのまま受け継いでしまうことなのだと思う。プログラムの子供を取り込んだとき、彼女のセリフや記憶を読み取っていると思われる演出がある。

 

最後の場面でも預言者のセリフを言ってしまう場面がある。で、スミスはネオに対して自分をコピーさせる、というか取り込む。が、ネオはそれを逆手に取り自分自身を殺すように仕向けた。スミスになった自分が自壊するようにしたのだろう。自爆テロというか、自分自身がウイルスとなりスミスに取り込ませたのだろう。

 

その結果自分=スミスとなり、スミスはすべて自壊するので自分も死んだということなのだろう。それでネオにいつか会えるよという預言者の口ぶりはなんなのだろうか…。また同じような救世主としてのネオが現れるということなのだろうか。それは機械との戦争がまた起きるということなので、まあまったく嬉しくはなさそうだが…。

 

救世主には前任者が何人もいた、そしてそれぞれ何度も繰り返しているというのはプログラムらしいトライ&エラーのようでなかなかおもしろかった。

 

マトリックスは実はネオが救世主のようにも見え、人類は開放されたように思えるが実際は全然機械の手のひらの上、なんていうのが読み解けたようなきがする。案外救われない物語だなあというのもなんとなく主題っぽい気がする。どこまでも人間は牢獄に取り残されたままということだろうか。