かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

整理整頓はいつだって難しい

 

自宅での整理整頓はかなり苦手で、とりあえず自分で決めている場所に置く。

が、だいたいなし崩し的にルールが崩壊し、崩壊したルールを続けることになる。

よってカオスが生まれてしまう。自分の意志が弱い。

あまりにもまずいと感じたり、人が来ることによって再度きれいになる。

 

電子化すればファイルとかはきれいに整頓できるだろうと期待される。

タグ付けとか最近ではAIなどで自動識別して分類してくれたりもする。

が、実際のところ自分は整理整頓が苦手なようだ。

テクノロジーが進歩してもあまり効果はないらしい。

 

最近多数のファイルをいじるようになったのだけれど、すぐにぐちゃぐちゃになる。

ここに一時的に置こうという考えがかなり危ないと気づくのはいつも終わったあとだ。

最初から厳密にルールを作るのも難しい。

が、ルールをきちんと更新して運用しないといけない。

でなければすぐにカオスになる。

そのことを強く思いつつやっていかなければならない。

 

AIにも強くは頼れない。タグ付けなどで分類してくれるのは便利だ。

でも、これはこっちとルールを教えるのが難しい。

増えてきたから柔軟に細分化するなんていうのも自発的には無理だろう。

整理整頓するという意志がたぶんAIにはまだない。

ダメ人間にこうするといいよと教師として教えてくれるレベルではないのだ。

地図にもない世界

 

BUMP OF CHICKENのとっておきの唄という曲がとても好きだ。

気分が沈んだとき、元気がないとき、歌いたいとき。

成長するにつれ、その深い歌詞がどんどん好きになった。

 

歌のいいところは、曲に沿って歌うことで自分が言ったことになること。

自分が口に出して、自分の意志で言う。

これが好きなんだと気持ちをこめて。

 

元気が無いときはついネガティブな言葉が頭の中に浮かぶ。

どうせ自分なんて。そういった言葉を振り払うのは難しい。

でも歌を聴く、歌うことで少し上書きできて元気が出るときもある。

そういう曲に出会えるのは本当に幸運だと思う。

 

歌うのは下手だけれど、それでも歌うのは好きだ。

人に聴かせるためじゃなく、自分を勇気づけたり元気を出すための歌。

それが自分にとっての「とっておきの唄」だ。

 

歌詞はゆっくりでいいから、という言葉で始まる。

親しい友人でも本当に笑って泣けるような関係というのは難しい。

人前で泣くなんてっていうプライドもあるし、遠慮だってある。

そういったストレートだけど純粋な言葉がいいなあと思う。

気取った言葉でもなく、本当に素直な言葉のままというのがいい。

 

BUMP OF CHICKENの曲には擬人化もあり、そういうのを当てはめるのもいい。

夢の飼い主では夢、ランプでは自分の情熱。

オンリーロンリーグローリーでは自分の心。

歌詞は解釈の幅が広くて、新しく当てはめるとまた違った世界が見える。

 

なんでもない日でも記念日でいい。

記念日じゃなくたってたくさん思い出を残そう。

一日一日を大切にしようという気持ちが好きだ。

 

いつだってどこだって君らしい君がいればそこは地図にもない場所。

地図にはなんでも書いてあって説明がたくさんある。

最近じゃスマホでレビューサイトとかがあって旅行に最適とか書かれている。

世界中どこにでもありとあらゆる人が似たように過ごしている。

地図に載っていない場所なんてあるのだろうか?

 

それに対してデジタルと言うか、情報化されていない、一般化されないもの。

自分自身にとって思い出の場所とか、特別な場所というのはあると思う。

それはきっと地図には載っていない、これからも載ることのないものだろう。

 

誰でも見かけほど強くない。

そして自分で思うよりも泣き虫だから。

ここはつらいときに歌えない。じわっとこみあげてくる。

歌詞が優しい。

 

絶対に一人で大丈夫なんて言わせないと続く。

勝手だけれどこの歌自体に助けられている。

こういう曲があるということに救われる。

 

半端な困ったら連絡してとかそういう言葉よりも救われる。

つらいとき、これを聴きながら一緒にこっそり歌うと優しさが伝わってくる気がする。

たとえ一人でもこの歌は本当につらい心にしみいる。

 

この歌の中で不安の募る夜は思い出してほしいとある。

その通り、自分はつらいときこの歌を聴いて元気を出して生きてきた。

なんでもない日も素敵な一日だったと思えるように努力してきた。

自分にとって毎日が本当に笑って泣けるような人生にしたい。

この曲を聴くと救われるし、元気が出る。
今後もたくさんお世話になるだろうなと思う。

 

もう一つ。この歌が時代を経て、自分にとっての意味が変わってきた。

地図にもない世界というのは元は概念的な意味だっただろう。

でも、これからの世界は本当に地図にもない世界が次々と生まれるはずだ。

 

そう思うのは、やっぱりVRの世界を知ったからだ。

VRで過ごす場所は地図にはない。

仮想だったとしても、そこで過ごす時間はいつだってリアルだ。

 

今、自分はVRの世界をほんの少し作れるようになった。

借り物かもしれないが、自分が思う、自分がほしい世界だ。

そして地図にもない世界で、みんなが笑って泣けるといいなと思う。

幸せは幸せのままにしておきたい

 

願望だが、できれば幸せな出来事を不幸なことの穴埋めにはしたくない。

ときおり不幸なことはある。落ち込んで、悲しい気持ちになる。

気分がとてもマイナスで、どうにかゼロ地点に戻したい。

そういうときに幸せが欲しくなる。自分は幸せなんだと確認したくなる。

もしくは不幸じゃないと一瞬でもいいから信じたい。

 

でもできれば、不幸は不幸のまま時間にまかせて自然に回復したい。

その上で幸せは幸せなままで味わいたい。

これは自分の好きじゃないもの、嫌いなものを食べているときに似ている。

苦手なものを好きなものではあまり中和できない。どちらも微妙になる。

ほんの少しは苦手なものが薄らぐが、そのかわり好きなものが犠牲になる。

 

だからほんの少し我慢して、別々にしたいなあと思う。

でも心は弱くて制御があまりできないので、あまりそうもいかない。

願望に過ぎないのかもしれないが、いつかそういうことが身についたらいい。

 

あなたは幸せか?と問われたときに、幸せと不幸を並べて足し引き計算したくない。

幸せな出来事をたくさん並べて、このとおりですと言えたらいい。

不幸だったか?と問われても、さあ覚えておりませんととぼけたいものだ。

散歩に上手い下手なんてない

 

なにを書くか迷って、ブログのネタ帳をちょっと開いてみた。

すると「散歩に上手い下手なんてない」と書いてあった。

日曜日の夕方、ちょっとのんびり散歩をしたときにふと思ったことだ。

散歩に上手い下手を言う人はさすがにいないだろう。

言う人がいるなら野暮というものだ。

 

それぞれが好きなように、それぞれのやり方で散歩して満足すればいい。

だから散歩が大好きだ。理由がなくたって、いいものが見つからなくたっていい。

ただ歩くだけで、風景と空気を味わうだけで満足する日がある。

そういう日を何度も経験してきたから、散歩は時間の無駄とは思わない。

散歩は上手い下手じゃなくて、自分が満足できるかどうかだけで十分だ。

 

そして散歩とブログの文章は似ているよなあと思う。

あちこち思考をどこかにやって、帰ってこなくてもなにも手に入らなくてもいい。

ただ自分が満足できて、それが幸せならそれでいいやと思う。

だからうまくないから、下手だからと文章を書かないよりも好きだから書いていたい。

これは自分にとっての散歩と変わらないのだ。

 

今日はなにがあったか。あの日のことを思い出しつつ。

散歩をしているといろんなことを思い出す。

歩くのはいいことだ、考えながらのんびり歩くといろんなアイディアが出てくる。

 

なによりも散歩に罪悪感なんかこれっぽちも感じないことが大事だ。

こんな暇があったらとか意味があるのかとか。そういうことは考えない。

考えたとしても、それは余裕がないからだと理解する。

 

今現在の風景と空気とを精一杯楽しめるといい。

あれこれ考えても、基本は自分が散歩していること。

そして楽しんでいることを忘れない。

そういうことが大切なことじゃないかと思っている。

いつでも福のものを食べたい

 

実は今年の恵方巻きは恵方を向くこともなく、そして時間を守ることなく食べた。

フライング恵方巻きだ。自分は恵方巻きが大好きなので、早めに食べてしまった。

待ちきれなかったというほうが正しい。ついつい食べたくなる。

 

最近は恵方巻きの廃棄問題などが騒がしい。大量に作りすぎの問題だ。

そしてイベントということでちょっと高い。

それがなおさら廃棄につながっている気がする。

恵方巻きは節分の日にしか食べない人が多いからだろう。

 

できれば毎月とか、演技のいいものをローテーションで食べたいものだ。

そのほうが健康管理にもよいのではないか。

大安の日は恵方巻きを食べるとか。

スーパーでも特売日とか野菜の日とかがあるので、国が決めてもよろしくないか。

そうするとまあ縁起物のその日売れる!というタイミングはなくなると思う。

でもコンスタントに売れるし、全体としては利益が出るんじゃないだろうか。

 

バレンタインデーは2月が日が短くて売上が落ちて見えるから設定された…

なんてうわさ話をどこかで見た気がする。

とはいえチョコはいつでもどこでも売れている。

蕎麦だって年越しそばだけ食べるわけでもあるまい。

まあ恵方巻きとついているだけで実際は太巻きとあまり変わらないわけだが。