- 車の3D、コースのきれいさ、こだわり
- スマホならではの操作に慣れない
- コレクションに解説がない、ボンネットに貼れない
- プレイヤーの称号あってもよかったような…
- SP制(体力バトル)の廃止…で、首都高バトルってなんだっけ?
- 競合タイトルの差別化は図れているのか?
- まとめ
適当にダウンロードしてちょっとプレイした感想です。どんなもんかなと。
ちなみに普段スマホゲーはまったくやらないです。
据え置きだけですね。
ストーリーには触れてないです。読んでないです、すいません。
いろいろ首都高バトルについて調べると、みんな好きだなーと思いました。
身の引き締まる思いです。 @suttii_gdgd "まぁ恐らく元気を知る人たちは、今あるゲームじゃ満足できてないと思いますよ。首都高バトルや街道バトルの代わりは何者にも務まらないのです。"
— Genki (@Genki_official) 2016年7月26日
去年のツイートですが、ホント身がひきしまりますね。
さて、首都高バトルXTREMEは…?
車の3D、コースのきれいさ、こだわり
車の3Dはめっちゃきれい。いいですね。
これがスマートフォンでできるとは…と感嘆です。
コースもなぜかイルミネーションだらけ。BGMもきれいです。
なんとなく首都高を用いたスポーツ興行的側面なのかなと。
どうも華やかな夜のお祭りというか…そんなノリですね。キレイ。
ずっと夜なんでしょうか?そこはまだなんともですが。
そしてドレスアップの時はスマホ画面が横になり、めっちゃきれい。
何よりステッカーなどはレイヤー機能もあり、本気でいじれるみたいです。スゴイ。
スマホならではの操作に慣れない
首都高バトルXTREMEには計器類がないようです。
そのかわり車のわきに現在スピードが表示されるようです。
さてこのゲーム、アクセルに指を押しっぱなしで対応するのですが…
指の置き所がちょっと慣れないです。どこ置いたらいいんでしょうか…
車の上だと愛車見えませんし…
フリックの感度も微妙というか、慣れないです。
ここらへんはスマホゲーに不器用ってことなのかもですね。
コレクションに解説がない、ボンネットに貼れない
コレクションとして獲得した車を図鑑のように閲覧できます。
が、マシン説明がないです(´・ω・`)
おなじみ恒例のマニアックな解説があってもよかったのでは…
そしてドレスアップでステッカーをボンネットに張れない。
これは地味に悲しい!ボンネットパーツもないです…今後実装されるのでしょうか。
それともライセンス的にダメだったのでしょうか…
プレイヤーの称号あってもよかったような…
プレイヤーの称号をひそかに楽しみにしてましたが、ないんですね…。
KONAMIの音楽ゲームjubeatには称号が楽しく選べましたが、そういうのは実装しないんですかね?
舌を歯の付け根あたりにあてつつ喉を震わせて「俺全然勉強してないから」
— jubeatランダム称号bot (@jubeat_R_title) 2017年2月9日
こんなの。
SP制(体力バトル)の廃止…で、首都高バトルってなんだっけ?
まあ確かにSP制で戦うのはスマホゲーらしくないのでしょうが…
ただそうするともはや首都高を舞台にしたスマホゲーでしかない。
首都高バトルの名前を借りた、何か別のものですね。
どうにも首都高バトル要素が薄すぎる気がします。
これは正統後継タイトルなんでしょうか…?
開発側も非常に苦しい顔をしていそうですが、もう少し欲しかったですね。
UIの綺麗さに気合が入っていることはわかります。文字も画像もきれいだし。
そこにはスゴイ気合はある。
ただ首都高バトル要素をどこにつぎ込んだのでしょうか?
このゲームをやってみて首都高バトルがどういうゲームかわかるんでしょうか。
過去にもDeNAで展開していたようですが、どうなんでしょうか。
そこでの知見が生かされているのでしょうか。
ちなみに、HPの採用とか見るたびに広告が被りまくるので直したほうがよろしいと思います。
競合タイトルの差別化は図れているのか?
あまりよくない話題かもしれませんが、競合他社に対してどうなのでしょうか。
この手のゲーム大手をしりませんが、例えばドリフトスピリッツ。
Wikipediaのこの項目の大半はストーリーに関する記述です。
こういったストーリー部分、そして車種で差別化を図るのでしょうか。
ドリフトスピリッツのCEDEC2015の発表はとても面白く、そしてレース系ゲームがスマートフォン市場でヒットすることの難しさを示していると思います。
前述しているように、本作はマニアックになりがちなレースゲームをライトな層にアピールするため開発したタイトルで、当然「分かりやすさ」を意識するもの。
また、パラメータ名も意識。当初、車の性能を表すパラメータ名はRP(Racing Point)という名前だったが、これを思い切って「戦闘力」に変更。何ともインパクトのある名称だが、恐らくライト層からして見れば非常に分かりやすい。「世界観も大事だが、敷居を下げるための分かりやすはもっと大事」と言葉を添えた。
こうした努力はライトゲーマーに向けた努力であるし、スマートフォンのゲームはヘビーゲーマーに向かないことも示している。
従来の据え置きゲーム機のような細かい制御、操作を極力省く必要があるからだ。
チューニングを難しくすればするほど、ユーザーは離れていってしまう。
首都高バトルのメイン層はヘビーゲーマーだろう。もちろんライト層もいるが、好んでいるジャンルと果たしてスマートフォン向けの本作は合致するのだろうか。
集客効果を狙った”首都高バトル”という看板程度なのか。
それとも今後のストーリー展開やアップデートでより濃厚な”首都高バトル”という世界観を作り上げていくのだろうか。
まとめ
二日間連続して首都高バトルに関して書いてみたが、わかったことがある。
これは難民の悲痛な声なのだ。続編の出ないシリーズに対する難民だ。
首都高バトルが好きな人は太閤立志伝の続編を望む人たちと似ている。
太閤立志伝も大変人気で、とてもゆるいゲーム性が心を癒してくれると評判だ。
このゲームもやはり、このゲームにしかない雰囲気を求めて難民が生まれる。
一方、コーエーはリコエイションゲームシリーズとして戦国時代をダラダラすごす太閤立志伝シリーズや大航海時代をダラダラ過ごす大航海時代シリーズをリリースしていた。そして豊臣秀吉や有名無名その他戦国武将で遊べる太閤立志伝において誰でも一人で気楽に遊べるネトゲ風のゲーム、すなわち世間に望まれている「一人ネトゲ」とすべく改良を施し、発売に至ったのである。
(中略)
このぬるぬる具合が太閤立志伝ファンや新規ユーザーのみならず、ネトゲで身も心もズタボロになったネトゲ廃人や同じコーエーの信長の野望・革新で肥大化上杉武田にレイプされた歴史ゲームファンの心をガッチリつかみ、その奔放なまでの自由さをもつこのゲームの虜にしていったのである。
アンサイクロペディアからの引用がもっとも核心をついてるというのも皮肉だ。
この独特のダラダラ、まったり感。自由さ。これを求める亡者と化してしまうのだ。
そのゲームでしか味わえない雰囲気から抜け出せない一定のファンは必ずいる。
私も、その一人だ。
今後首都高バトルの据え置き機への復活を心待ちにしている。