かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

完璧を目指すよりまず終わらせよう

 

完璧をめざすことは良いことか

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Done is better than perfect. 完璧を目指すより、まず終わらせろ。この言葉をふと最近思い出した。あれもこれもきちんとやりたい、そのうえでより満足のいく方法を探したい。もっと質とかを向上させたいという欲は誰にでもある。そんな風に考えていると思考もだんだんと窮屈になっていってしまう。

 

そうした時、完璧を目指すよりも終わらせたほうが良いとアドバイスをくれる名言である。元ネタはFacebookかららしいが、どうも出所はあまり定かではない。ネット界隈ではちょっとしたネタ画像として一時期賑わせたこともあった。ただこの言葉は至言のように思う。

 

パレートの法則で俗にいう80対20の法則のように、完璧にしようとすると80%終わらせるのにかかった時間よりもずっと時間がかかってしまうわけだ。だからひとまず終わらせることで一定の評価を下せるようになる。物ができたか、できてないか、価値が生まれたか生まれてないかは0か1で判定されるので、終わらせたほうが得な場合は多い。

 

終わらせると価値が生まれる

見通しをつける上でも完璧を目指さずにひとまず終えることは重要だ。いったん終わったことにしてみるとゴールが見えるようになるし、足りないものもどれぐらい足りないかわかってくる。それに、思ったよりもずっと終わらせることだって十分難しい。人間はあまり見積もりも得意ではないし、きっと終わらせることだってなかなか難しいのだ。

 

なんていうかこの言葉から自分が考えたのは、自分の範囲をまず終わらせることの大切さである。誰かに何かを聞くときもまず、すべてを満たそうとせずに自分の範囲でわかることを全て埋めること、自分の手持ちの範囲でまず終わらせてみることが大切なのではと少し思った。

 

物書きも書き始めは難しいし、書き続けるのも難しいし、書き終えることだって難しい。完璧にすることなんてなおさらだ。そう考えると書き始めの取り掛かりと書き終わりに向けてがんばろうとするとき、この言葉はとっても背中を後押ししてくれる気がする。とりあえず書き終わらせること、それだけで良いのだ。何も更新がないよりも、とりあえず完璧でなくても更新があったほうがよいはずだ。

 

おわりに

慌てていたり、忙しかったり余裕がなかったり、疲れていると今自分がどんなパターンにハマっているかに気づけなくなると思う。で、ふと我に返れる状態になったとき、どこか脳の引き出し出てきた言葉がそっと教えてくれることがある。ああ、自分がドツボパターンに入っていたのかと…。

 

自分自身を客観的に、冷静に見れる瞬間を我に返るなんて表現しているけど、どことなく言葉の意味と字面が少し違っているようにも見えるような気がして少し面白い。我に返っていない状態というのはいったい何なのだろうか。忘我とも言うし、没頭ともいうし…なかなか面白いなと思う。

 

このブログの記事もまず完璧を目指す前に終わらせられるよう努力したいと思います…。完璧でなくてもとりあえず更新ができるよう精進いたします…。