かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

大人になってから行く美術館は楽しい

 

成長してから行きたかった場所

ある日ふと思い立って小中学生以来行っていない美術館へと足を運んだことがある。本当にたまたま芸術的なものに触れたい、あの静かな空気にしみじみと浸りたいと思ったからだ。

 

学生の頃は美術館に行ってもあまり面白いとは感じず、むしろ大変面倒だった。あとで気に入った作品について感想を書くことが必須だったりするからだ。それに大勢で見てるとじっくりと鑑賞する余裕もない。時間も決まっているし、なかなか集中が難しいように思う。

 

子どもの頃はやはり何事も興味がわかず、純粋に印象の強いモノにしか目を向けなかった。色彩がハッキリしていたり、すごい物質的なものとか…。繊細に作品を味わうなんてことが子供には難しいし、まあそれでよかったのだと思う。

 

ともかくとして大人になってからはじっくりと時間をかけて一人で黙っていろいろ鑑賞したいという夢があった。一度しっかりと作品を見て自分がどう感じるのかを知りたかったのだ。そして自分が成長するとどのように受け止め方が変わるのか。

 

実際に行ってみて思ったのは子供のころと違い、じっと待つ、耐える能力が向上したことである。一つのことに集中してじっと考えることができるようになった。そのため一つの作品の前でこれってなんだろう…とじっくり見ることができるようになっていた。考えても答えは出ないのだけれど、ああ不思議だなあすごいなあ、そういう心の動きが新鮮でよかった。

 

そして些細なことに気づいておお、きれいだなあと感じとったりもした。抽象画なんかはよくわからないのだけれど、じっくりとどうやって描いたんだろうなあ、何度もここは繰り返し色を重ねたのかなあ、どんな気持ちだったのかなあ、この絵からはどんな気持ちになるかなあ…そんな風に一つのものからたくさんの疑問と感想が湧いてくる。

 

美術館そのものを楽しむ

美術館自体にも気を配れるようになった。作品をどんな風に展示するのか、経路にはどんな意味があるだろうか、空調はどんな感じだろうか。注意書きや作品の説明はどの位置にあり、照明はどんな感じなのだろうか。作品そのものだけでなく、作品についての周辺にも気を配ってみるとまた楽しみが増える。

 

また、一度でもいいから学芸員さんに質問してみたくもあった。作品近くに立っていらっしゃるのだがなかなか声がかけづらく…。けれど勇気を出して気になったことを質問してみた。

 

たいしたことではないのだけれど、しばらくたった後その作品に詳しい人に聞いていただき、その作品の時代背景とか美意識についてだとかの解説をしていただけた。なるほど自分の質問には意味があったなあとちょっと安心しつつ、きちんと解説頂いたことに感謝した。

 

ゆっくりと見て回って、自分ひとりでじっと作品を見続けて、それでも静かに過ごせて本当に楽しかった。全然わからなかったけれど、それもまた良いもののように思えた。わからなくても、手探りで正解のないものに対してどんな正解があり得るだろうかを想像できたりして、あー心のゆとりとか豊かさとはこういったところから生まれるのかも?と思ったりした。