かやのみ日記帳

読書の感想や思想を書いています!

リアルでもネットでも「なにやってるのかわからない人」になりがちな自分

 

そんなつもりではないのに

学校とかで自分は周囲の人に「なにをやってるのかわからない人」と評されていた気がする。今だと陰キャラと呼ばれるのだろうか。これはあくまで遠い周囲から見るとまったく人柄が伝わってこない+怖いということを意味している…らしい。

 

この ”なにをやっているかわからないから” 怖い というのは、コミュ障にとっては驚きだと思う。コミュニケーション上手な人達はどうやら自分の情報を積極的に開示して「自分は無害である」アピールをするのが上手だということだ。自分の売り込み方が上手と言ってもいい。

 

そういうことが不得意で自分の良さとか人柄について広告できないとぼっち化するという悲しい運命である。

 

まあともかく、学校生活、大学生活が終わりかけた頃にようやくわかったが、結局コミュニケーション上手な人間は周囲に監視されることがうまいのだと思った。もしくは周囲に対する自分の情報の開示がうまい。それでいて隠すところは隠せるという、現代の人気SNSの利用方法に似ている。むしろSNSの力がリアルのコミュニケーションに似ているのか。

 

リアルで自分は人との関わりが薄く、自分からの積極性にかけている。ふとすると家でひきこもる。そうなると周囲の人間は気づかないうちに消失したと感じ、”なにをやってるのかわからない人度”が上昇するのだと思う。それを放置するとますます悪化する。

 

ネットでも実は同じことが起きているのだろう。自分はTwitterが苦手である。それは自分の私生活とか私情とか愚痴とか明日の予定とか今後の予定とか…そういう日常的なことをあまり言いたくないのだ。これはリアルでも似ている。だからか、とっつきにくい人、よくわからない人として扱われてしまうのだろうなあと思う。