かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

VRChatの居心地の良さ

 

想像力の矛盾

VRホラーは想像だけでもとても恐ろしいと感じるだろう。
一方でVRで日常を過ごせると言ってもまったく良さが伝わらないはずだ。
現実でいいじゃないか、VRなんて所詮仮想。ゲームと何が違うのか。
現実との差はあまりに大きいと思うはずだ。
でもVRホラーはあまりにリアルそうで怖い。


よくあるこの二つの意見は矛盾している。
それは無理もない話だと思う。自分もかつてはそう思っていた。


VRで人と話すだけのゲームと聞いたらSecondLifeを思い出すだろう。
しょせん画面越しでやるだけ。少し綺麗な3Dポリゴンが動いているだけ。
スペックの高いPCで遊ぶゲームが、VRになっただけ。
たいしたことない。みんな大げさすぎると。そのうち消える。

でも実際にやってみて、そんな考えはあっさり吹き飛んだ。
あまりにVRは違った。
穏やかな風景。人々が賑やかに集まっている世界。
みんなゲームをやっているというよりも、それぞれがお話を楽しんでいる。*1

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CAFE SECRETGARDEN

 

居心地の良さ

VRでの日常というのはあまりにもリアルだ。
自分がそこにいて、体があって、相手と接することができる。触れ合える。
VRでの人殺しに嫌悪感が出るのとまったく同じ原理が働く。
気の合う人たちとのんびり話すのは、居心地がよくてすごく安心できる。
VRの日常のよさというのは、長い時間をVRChatで過ごしてみて初めてわかった。


”居心地のよさ”という感覚は従来のゲームではあり得なかったものだと思う。
その世界に入り込み、そこに自分が存在できる喜び。
日常としてみんなでお話できる空間。
修学旅行で暗い部屋で枕投げしたり、焚き火を囲んで話した思い出。
そういう時間がたくさんあった。

ボードゲームで遊んだりもできる。空も飛べる。サッカー…?もできる。
ボウリングだってできる。自分でゲームを作ってみんなで遊べたりする。

でも自分にとって長い時間VRChatにいたいと思ったのはゲームのおかげじゃない。
そこにずっといたいと思えたのは、本当に素敵な風景、空間がそこにあったから。

永遠に沈まない夕日、いつまでも見ていられる桜吹雪。
静かな月の下ずっと響くピアノのメロディ。*2

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BAR CLOVERCHERRY WINTERLODGE

そういう世界で、みんなが集まってのんびり話をしている姿。
人が居心地よく楽しそうに過ごしている。
それを後ろからそっと見る。そんな暖かな空間が本当に好きだ。

 

おわりに

VRChatの楽しさはプレイヤーで成り立っている。
焚き火が素敵な世界だってプレイヤーが作っている。
そこに集って素敵な時間を過ごす。
そういう世界が素敵だと思い、いつしか自分も作りたいと思った。
なんとなく居心地のいい場所。穏やかに過ごせる場所。

いくつか自分もVRChatで誰からもアクセスできる場所を作った。
図書室、食堂。学校の思い出の場所を作り、穏やかな雰囲気を自分なりに考えた。
自分にとって”居心地が良い”というのはとても重要なテーマだ。
それこそが自分がVRChatを続けたいと思う理由。


なぜ電子上の風景に”居心地が良い”と感じるのか。
自分で作ってみたり、人の作ったものを見て学びたい。
それこそが今後の未来、VR技術において実はとても大切なことだと思っている。
現実の代替ではない、人間の心、感情への新しいアプローチ手段だと思う。*3

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TWO OF US

 

*1:画像はMinaFrancescaさん作のワールド。音楽も自作で大変素晴らしい

*2:画像はMinaFrancescaさん作のワールド(二回目)。ここのピアノのメロディと風景が素敵すぎて本当にじわっと泣いてしまった

*3:画像はMinaFrancescaさん作のワールド(三回目)。ギミックもすごいけれど、ここは心が穏やかになれる本当に素敵な場所。