これは反省文である。3ヶ月分くらい怠惰に過ごした自分へ。
いつでもできる、とりあえず過ごせれば便利。なにもしたくない。
そうやって部屋の整理整頓をサボってたけど、駄目だった。
生活の習慣として、整理整頓はサボるべきじゃなかった。
最初の言い訳は、効率がいいからってことだったと思う。
整理整頓をサボると時間と手間が省ける。後でゴミゴミするわけだけど。
よく使うものが自然と上に来て、ソートされる。だからうまくいくように感じる。
生活空間が減るのだが、逆に最適化されてるなんて言い訳をしてしまう。
きちんとした部屋で過ごすと人は真面目に過ごすようになるだろうか?
これは必ずしもそうじゃないと思う。反対の事柄は多くの人が納得すると思う。
だらしない部屋で過ごすと人間はだらしなくなる。そういうことなのだろう。
きちんとした部屋はいずれ、だらしなくなる。
必然的に散らかるとしても、やらなきゃいけない。
それは自分の心を律するためなんだろう。
部屋は心の鏡というか、過ごす環境が心の状況を表すのだろう。
今の自分はめちゃくちゃ乱雑で、どうしようもなかった。
自分を大切にする気持ちを確認するように、部屋もメンテナンスしなきゃだめだった。
部屋を大切にできない人間はきっと、自分も大切にできないんじゃないか。
言いすぎだけど、わりとダメダメな今のメンタルだとそういう考えが浮かぶ。
ちゃんと散らかってるなら片付ける、それはちゃんとできてないならちゃんとする。
自分を律せていないなら、自分でちゃんと律する。自制心、習慣、いろいろ。
今の部屋は自分でちゃんと習慣を守れなかった結果だ。自堕落だ。
リモートワークで人はだれも来ない。外にも出かけず気分転換もない。
ストレスだからと言い聞かせて、好き放題しすぎた。適当になりすぎた。
ちゃんとしている自分を保つのは本当に難しい。
仕事でも同じ。人と仕事の話をする機会が減って、自分を見直す機会も減った。
仕事の可視化が難しいとよく言われるけど、反省だって減ってしまった。
ということで、反省から学んだこととして。
リモートワークでは部屋をちゃんと整理整頓し続けよう。きれいに保ち続けよう。
自分の精神をちゃんと整える努力と同じように。
きれいな部屋で過ごし続けるからこそ、精神も整ってゆくはずだ。
必ずそうとは限らないけど、だらしない部屋で過ごしていくと人はなおさら堕落する。
自分でちゃんとするという意思を込めた部屋で過ごそう。
きっとそれが全然足りなかった。大事だと思ってなかった。
部屋は過ごせればいいだけと思っていたのは間違いだった。
人が来ないから適当でいいやなんて言い訳だった。
後悔して今結構落ち込んでいるので、ちゃんと整理整頓しようと思う。
その上で、生活を立て直していきたい。
ちゃんと精神を安定させてからやるなんて駄目だ。
鶏と卵どっちが先って問題じゃない。反省して、やっていくしかない。