かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

報われること

 

ソーシャルゲームの課金要素は、課金した人が報われるべき仕組みになっている。
課金したのに、無意味になったら誰もやらなくなる。

 

ソーシャルゲームは新しい要素をどんどん足す。
例えば、より強いもの、差別化要素を作る。

でも完全上位互換を出したら、たぶん不満が出る。
あんなに課金したのに、もう終わりなのかと。

 

新しい要素を出さないと既存プレイヤーが飽きて離れていく。
課金要素をどんどん作らないと運営もできない。

一方で過去に課金した要素が「相対的に弱く」なってはいけない。

 

これが非常に難しく思う。
プレイヤースキルよりも課金したことが報われなければならないのかも。
かけた時間が報われてほしいという要望もあるだろう。

新しく来た新人とずっと課金を続けてきた人。
無課金重課金

課金という要素でどうしても差別化が必要になってしまう。
継続的で、ゲームの要素に強く絡むようなもの。

 

お金をかけたら報われてほしいというのは、歪んだ願望でもある。

ギャンブルで投入した金額以上になってほしい。
お金を払って見た映画は面白くあってほしい。

 

世の中のだいたいのことは、お金は期待に応えてくれるわけではない。
けど、ゲームではそれくらい叶えてほしい。そういうことだと思う。

ソーシャルゲームで、ガチャで、ゲーム内の性能が大きく変わるというのは
やはりあまりよくないなと思う。

じゃあ代替案はなにかないのか。というのを、暇なときに考えたいなあと思う。