かやのみ日記帳

読書の感想や思想を毎日書いています!

下書きの面白さと一記事ごとのクオリティについて思っていること。

 

自分が記事を書くときのスタイル

ここしばらくの記事について、実は兼ねてから下書きとして保存していたものだった。下書きはブログを始めてからどんどん貯めていて、数えてはいないがそろそろ50以上、100未満くらいにはなっているように思う。

 

下書きから公開へとならない理由としては、その時の気分が落ち込んでいたり深追いするだけの体力がなかったりするためだ。もしくは結論が上手く導きだせないからお蔵入り、というものもあった。そういったものは時機を見て、掘り起こしたときに改めて書き直すことになる。

 

書き直しは面倒だなあと思わないでもないのだが、案外他人が書いたようなものに見えて面白い。そして他人とは決定的に違うのは明らかに自分の情熱がきちんと底のほうに眠っているのがわかる点だ。その下書きに眠る情熱に再び出会って、それをうまくもう一度再燃焼させて一気に公開できるように記事を仕上げる。

 

基本的に自分は再考などはあまりしないタイプでテストでも見直しをあまりしなかった。文章題や小論文では特にその傾向が顕著だった。というのも、どうせ書き続けなければいけないものだからという気持ちがあったからだ。

 

テストというのはある一時点でのその人の知識を測るものに過ぎない。本来の意味としてはテスト前の勉強とか試験対策などをせずにありのままの知識で挑まなければならない。だから小論文というのは本当に一期一会の勝負であり、それもまたブログ記事と同じようなものだと思っている。

 

ブログ記事も一記事ずつ大切に書かねばなるまいが、けれどもその一記事で全ての結果が決まるわけでもなく、そこで書かれる記事は自分の一時点での実力で書かれたものに過ぎない。一瞬いい記事が書けたとしても、それが毎日書き続けられるか。逆に悪い記事だってそう長くは続くまい。

 

だからあまり気にせずに、自分のそのままの気持ちを毎日書き続けようと思っている。やり続けることで自分の実力を正確に測れる、そして実感できるようになるはずだと信じている。それは納得がいかなくても、記事にしてしまうということでもある。

 

次の記事のネタとして置いておくもの、それはそれとしてスッパリ忘れる。記事にするものは一気に書き上げてしまう。そういう思いきりというか、あまり過剰に自分に期待せずにゆるく続けていきたい。

 

おわりに

…そういえばこのおわりに、という形で文章を締め始めたのはいつだっただろうか。他の良いブログを見てなんとなく自分のブログにも”まとめ”みたいなもので締めたいなと思って導入した気がする。

 

けれども”まとめ”と言えるほど自分の記事はまとまりがないのが特徴である。自分でもまとまってないものをまとめるなんて至難の業だ。それに毎回まとめを作るほど自分はまじめな性格ではなくすぐに苦痛になることは目に見えている。

 

とすれば”編集後記”とか”おまけ”とか”あとがき”みたいなものが良いだろうと思った。編集後記はいかにも硬すぎるし、おまけとすると…自分の書くためのモチベーションが下がる。なによりあまり関係ないことを書いてもしょうがない。いささか本文から逸脱したことを書くなら、削ればいいし本文に関係があるなら含めればいいはずだ。

 

”あとがき”もいいなあと思ったけれど、そういうのは小説だとか本を書く人が持つ最大の特権のように思えるので遠慮しておこうと思い、じゃあ素晴らしく曖昧な”おわりに”にしようと。”おわりに”というのは…電車を降りる前に「忘れ物がないようお気をつけて…」みたいな去り際にそっと声をかけるような感じでよい気がした。

 

”おわりに”は何の記事にも使える万能な感想欄でもあるし、ちょっとした本文の要約、まとめにも使えてとっても楽だ。最近はこの”おわりに”を自分なりに楽しんでかけている気がする。こういった楽しみがあるとなおさら毎日書きやすくなるものだ。

 

…今日もいまいち締まってるのか締まってないのか。そんな感じのかやのみ日記帳ですが、どうぞよろしくお願いします。