かやのみ日記帳

読書の感想や思想を書いています!

人間簡単に怒ることはできるから、なるべく怒りのタネを避ける

 

なんでも怒ることはできる

想像が豊かなのかわからないが、妄想でもネットの投稿でも物語でも、誰かが理不尽な目に合ったり納得のいかないことがあると自分のことのように怒ってしまう。もちろん外には出さないが自分に降りかかったのと同じくらい怒ってしまうのはエネルギーの無駄遣いのようにも感じる。

 

世の中にはいくらでも怒れることがたくさんある。理不尽なことや信じているものと真っ向から対立するものには誰だって怒ることはできる。けれども裏を返せばそれだけ怒りのタネは転がっているわけだ。毎日人ごみに巻き込まれていればそれだけストレスの素になるし、いつかはトラブルに見舞われる。

 

だからなるべくなら怒りにつながるところを避けられるように、もしくは怒りのタネだと認識しておく必要がありそうだ。投げやりになったり誰も見てないからなどと礼儀などを忘れて何度か痛い目を最近見てしまったので、気を付けたい…。

 

おわりに

怒るのは非常に簡単にできる。だからこそ周囲に転がっている怒りのタネに火をつけて爆発させないように気を配らないといけない。時に自分が何に対して怒っているかを忘れがちだからなおさらだ。

 

怒っている最中、自分はなぜ怒っているかを冷静に考えられる人はほとんどいない。それに怒り始めればなかなか引っ込みがつかないのも事実。それで怒っている最中にすっごく気まずくなってだんだんしりすぼみになり後で自己嫌悪したことは数えきれない…。

 

怒りは怒りとして正しい場合もあるが、多くはその原因を正しく感じ取り対処したほうがいい。それが自分のことではなく周囲のことであるなら基本的に避けたほうが無難だろう。自分は怒りたくて怒っているのだとしたら、やめたほうがきっと賢明なんだろうなと思う。

 

ともかくとして怒りというのは自分でコントロールできにくい性質を持っているので別なコントロール可能な理性的解決ができるほうがよいのだろうと思う。自戒をこめて。