かやのみ日記帳

読書の感想や思想を書いています!

積読を一冊崩すスケジュールを立てる

 

 小説を一冊読み切る

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

 

 積読をとうとう崩すことができた。本棚に埋もれていた小説を一つ消化できた。「いなくなれ、群青」だ。本屋で見つけて、序盤を立ち読みしてこれは面白いと買ったはいいものの中身がほろ苦くて、そのくせ甘酸っぱさとクセの強さでいつの間にか敬遠していた。

 

kayanomi.hatenablog.com

昨日ブログ記事で書いたがここ数ヶ月は本当に本を読まずに過ごしていた。言い訳は様々だ。時間がない、もしくはもったいないという言い訳が多かったように思う。思い返せば悪循環だった。ブログの記事のネタがないから時間がかかる→読書の時間が減る→睡眠時間も減る→疲れてやる気が…のループだ。

 

だから読書にかかる時間が読めれば時間の管理ができる、というかもともと読書時間をきちんと設けて、その価値を自分の身に染み込ませればよかったのだ。

tettyagi.hatenablog.com

睡眠時間についての価値についてたぶん上記の記事には書かれていると思うが、ある意味幸せと似ているような気もする。失くしてから気づくものは多い。睡眠なんかは特にそうで、3時間4時間睡眠でふらふらを一週間続けるとまともな思考はほぼなくなる。2週間3週間続ければダメージの回復には1ヶ月くらい必要になる。そこまでくると身体の最低値と最高値がわかってくるように思う。

 

読書の時間も同じだ。読書の時間を何ヶ月も削ってしまった今の自分がいるが、とても反省している。睡眠のようにはっきりと精神に現れづらいから気づきにくいが、読書を毎日続けるというのはとてもいい習慣だったのだ。内向的な人間にとってはストレス解消にもなりうる習慣だった。それに気づかずないがしろにしていた。

 

今日読んだ「いなくなれ、群青」は318ページだった。60ページくらいまでにかかった時間は15分。計算すれば1分4ページ、なんと1ページ15秒というなかなかのペースだ。だいたい80分あれば読み切れる計算だと思い、実行してみた。

 

80分とはそこそこに短い。大学のときの講義は90分だ。思い出すと大学の講義は1年の頃は長すぎてつらいと感じていたが、3年になれば濃密な講義をしっかりと聴けるいい時間だと思うようにすらなった。読書の時間も同じだ。長いようで短く感じる。

 

結局読み切るのには85分くらいはかかったが、概ね予定通り読み終えることができた。もちろん早く読み終えればいいというわけじゃないし、目標を立てて時間を管理して読みたいわけじゃない。ただペースを変えず、楽しんで読めたし気負わずに済んだのがよかった。

 

思うに本を読むまでは結構厚いし、自分は集中力が切れるんじゃないか、挫折するんじゃないかという恐怖がある。それに気づいたらなぜか日をまたいでいたなんていう後悔だって幾度となくある。そういった不安を解消できたのがよかった。ある程度途中の進捗を自分で管理できたようなものだ。とりあえず読みきれたことを喜びたい。

 

おわりに

久々に読んだ小説は面白かった。思いの外さくっと読めたし、満足がある。なにより期待していた精神的な部分の活力が湧いてきた。読めば読むほどありとあらゆることへの興味とかが復活する。もっと書きたいという気持ちが湧いてきてくれるのは嬉しいことだ。

 

自分は思いのほか、アウトプットにはインプットが必要だということを信じていなかった。もしくは初速にインプットが必要なだけでアウトプットによって反発が生じてそれがインプットになり循環すると信じていた。だからブログ記事などは書けば書いた分だけ自分のネタは減らないと信じていたのである。

 

が、その答え合わせは自分がいちばんよくわかっていることで、すごいしんどい。心が枯れていくようだ。というか強がりに近いし、息を吸わずに風船を膨らませようと真っ赤にしているようなものだ。自分は普通の人間なのだ。ずっと息を吐いていられるジョジョの波紋のような技術を体得しているわけでもないのに無理がある。

 

書いててわかったが、すごい人を聞きかじって真似して怪我をするというアレだ。素人の生兵法そのまんまだ。ブログも自分が普通だと思うなら、きちんとインプットして、健康に過ごして、アウトプットを心がけたほうが自然な成長が見込めるのだろう。はじめから誰しもオリンピック選手並みの肺活量なんてあるわけがない。

 

まったくブログを書いていてこういう反省記事は3回目くらいな気がする。そのたびに真実のあまりの簡単さというか、単純な落とし穴ばっかりだなと思ってしまう。思うのは真実を見つけたぞ、やった!と喜んでばかりでは前を見てないということだろう。そうして新しい穴にはまったことに気づけてなかったというわけだ。人生常に反省である。