かやのみ日記帳

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Undertale、設定を読み込むだけでも十分楽しい。誰も死ななくていい優しいRPGとは

 

かなりメタ的なものがテーマのゲーム

最近Undertaleというゲームがあるのを知った。キャッチフレーズは「誰も死ななくていい優しいRPG」である。これはなかなか挑戦的なゲームに思えるし、このキャッチフレーズからいったいどんな世界の設定となるのか俄然興味が湧いてくる。

このゲームをこれからプレイするならば、ネタバレを含むので読まないことをオススメいたします。Undertaleは予備知識がないほうが楽しめるとよく言われるゲームのようです。

dic.nicovideo.jp

 

Wikipediaの解説も面白かったので引用する。

さらに、本作ではメタフィクション的な要素がたびたび登場し、システム面・ストーリー面の両面で重要な役割を果たしている[9]。たとえば、二周目以降のプレイでは、以前の周回プレイで取った行動に応じてボス戦での会話内容が変わったりもする[10]
Undertale - Wikipedia - ウィキペディア

プレイヤーはもちろん様々なキャラクターと戦闘になるため倒して経験値や金を稼ぐことができる。そして会話などで回避をすることもできる。すべてはプレイヤーの意志次第。けれども…ではこのゲームのキャッチフレーズ、誰も死ななくていい優しいRPGとは…。

 

プレイヤーはいったい何を望んで「誰も死ななくていいRPG」をプレイするだろうか。それを実はゲーム制作者が試している、そういう構造が面白いのだ!プレイヤーはゲームの中で様々な「選択と決定」を行う。その選択をゲーム、つまりは製作者が読み取って結果をプレイヤーに返すのだ。プレイヤーが何を望んでいるのか、その答えを返す。それはまるで対話のように、思想をぶつけ合うみたいに思える。

Undertaleは”誰も死ななくていい”はずのゲームである。そのゲームをプレイするとき、あるプレイヤーは心優しく、モンスターでさえ殺したくないと思っていたならきっと最高のゲームだと思い、こんなゲームを待っていたと開発者に微笑むだろう。

 

逆に敵を倒すこと、経験値を稼ぐこと、そして”ゲームを楽しむこと”を目的としているプレイヤーも大勢いる。ただのゲーム性だったり、周回プレイだったり。そして、何よりも開発者を試したくなる悪戯心だってある。

つまりこういうわけだ。「”誰も死ななくていいゲーム”で”大量殺戮”したらどうなる?」もちろん開発者はそれに答えなければならない。選択肢を用意し、その決定をされたら答えを作らなければならないからだ。これもまたプレイヤーからの問いかけに開発者が答えている。

 

プレイヤーの決定と開発者の答え

こうしたプレイヤーの精神と開発者の思想や意図のぶつかり合い、せめぎあいをかなりゲームのシステムに組み込んだのがUndertaleである。ネタバレをするとTrueEndingにたどり着くには誰一人として殺してはならない。とことん。そしてそれは開発者が望んでいることに他ならない。だって”True”なEndingなわけだからだ。

反対に大量殺戮するとそもそもゲーム自体を破壊するEndingが始まる。そして破壊後にさらに破壊するともはや開発者からの心の声のごとく、ある台詞がでてくるのだ。なぜゲームを破壊した後にもう一度破壊したがるのかわからない、その精神性は異常であると。

 

ある意味開発者はただ無秩序に、ゲームの中の住人の意志や心、ストーリーを無視してプレイヤーの思うがまま世界をめちゃくちゃにする行為を嫌っているのだ。こうしたメタ的なプレイヤーと開発者との対話みたいなところがきっとウケているのだと思う。

 

 

おわりに

こういったメタ的な要素が過分に入ってしかもシリアスな内容のゲームはとっても大好きである。本来ゲームにはあまり入れてはならない要素なのに入れてしまうのはそれだけ開発者がどうしても伝えたかったもの、疑問を提示したかったもの、願望など…それだけ強い力を持っているからメタ要素で表現したくなる。

 

RPGはロールをプレイする、つまりは演じること、なりきり、キャラになったような気分で楽しむようなジャンルである。けれど昨今のゲームは非常に自由度が高い。キャラの味付けも制作側は非常に苦労しているだろうなと思う。

 

そうした中で製作者が作ったキャラクターはプレイヤーしだいで極悪非道にも公明正大な人間にも変わっていく。それを許容するなら製作者はその答えを世界に埋め込んであげないといけない。プレイヤーが諦めるか、認めるか、満足するか。それだけのことなのだが、なんとなく製作者からの強い要望だとか願望だとか説得みたいなものも見え隠れする。

 

ゲームを作る人がゲーム好きだとそのメッセージ性は更に強くなるように思う。自分もゲーム好きだから思うけれど、自分の好きなキャラクターはもっと現実世界に近くあってほしいし、ずっとゲームが終わらなければいい、世界がずっと続いてほしいと願うこともあるだろう。

 

そうした自分の理想や葛藤をまた、ゲームという形で表現できる人たちがいるのだと思う。なんだかそれが非常に業が深い、それでいてなんだか切ないような、そういう情熱的ななにかを感じたいと思うのだ。