失敗の見方を変える
年数を重ねると失敗に対してたいしたことじゃないと受け止められるようになるんじゃないか。そして、それがもっとも教育で大切なことじゃないか。自分の大学での経験からだけれども、ある失敗をしたときに自分が言われたこと、そして自分が言ったことを書く。
ある授業で盛大にミスをして、すべてが台無しになってしまったことがある。みんなが二週も三週もかけて頑張っていたものがすべて水の泡になった。そういうたぐいのものすごい失敗だ。けれどそれをそばで見ていた友人が大声でゲラゲラ笑いだしたのだ!その結果、笑いが周囲に広がってついには自分も笑いだしてしまった。
その時に自分の犯した”失敗”は”盛大な笑い”に昇華されたのだと思う。こんなに激しく失敗することなんかめったにない。それでここまで人を笑わせられたのならむしろよかったかも。そんな風に笑いから力がわいてきたこともあった。
だから”失敗”に対して真剣に落ち込んだり、自分はダメなやつ…と落ち込む前に失敗を失敗じゃないと感じられることが大切なんじゃないかと思う。エジソンの名言として伝えられているのは、失敗ではなくうまくいかない方法を見つけただけだ、というもの。
失敗に対する心理的安全性の大切さ
自分も今でもそうだけど、あまりその分野に詳しくないとすごく不安になり、自分はこの分野に向いていないのでは?と感じてしまうことが多い。勉強に苦手意識を持っているならなおさらだ。研究についても同じことが言える。だれしも大学に入ってから初めて研究をするものだから、研究で”失敗”するというのは割とダメージが大きいものだ。
そういった初心者が感じる”失敗”という感覚をだんだんと”うまくいかなかった方法を見つけただけ”という気持ちになるまではすごく時間がかかる。研究とはそもそも幾度となく失敗していくものだということを心から学ばなければならないからだ。これこそ研究で最も学ばなければならないものであり、そして習得が難しいものだと思う。
この気持ちさえ学べれば”方向転換”とか”戦略的撤退”みたいなことを選ぶことができる。失敗とは思わなくなってくるはずだ。だからよい教師というのは”失敗”を”うまくいかなかった方法の発見”であると学ぶ側に気付かせてくれる存在じゃないかと思う。
こういうのを現代では”心理的安全性”というのかもしれない。失敗したら叱責されるとすれば成果を改ざんしたりするきっかけにもなってしまう。そうではなく失敗してもそれを責められることもなく、ただそれとして認められること。そして次もチャレンジする気になれる。そういったものが必要なのだと思う。
まな板にしようぜ!の心理的安全性
失敗に対する心理的安全性の高い反応としてよい例はいっぱいあると思うんだけど、一つ例を挙げるなら「まな板にしようぜ!」がいいと思う。
まな板にしようぜ、とはリーダの城島が二階部分に床を張っていたところ張り切りすぎて階段部分を忘れてしまい、すべてを埋めてしまったという”失敗”から始まる。
島の探索に出かけた皆が帰ってくる前に完成させて驚かせようと張り切った城島は、我を忘れてひたすら床板を張る作業に没頭していた。
そして……張り切りすぎた。
城島「うわー……やってもうた……」
床板を張ったは良かったものの、1階から2階へ昇る階段のための穴を作るのを計算に入れず、2階全面を床にしてしまったのである。これで舟屋の一階・二階は重箱状態になり、昇り降りができない(この時点では舟屋の外壁に設けられた作業用の足場から昇り降りしている)。痛恨のミスであった。
これに対しての心理的安全性が高いなあ、というかまあ優しいなという仲間の反応がこちら。
だがしかし、島の探索から帰ってきた松岡は、見事に床張りされた舟屋の二階と、落ち込む城島を見るなり「まずここ(完成した2階)をホメようよ!」「これ宴会できるよ!」と落ち込むリーダーを明るく励ます。
まずは完成したことをほめる。頑張った労をねぎらうということ。別に床張りを失敗したわけではない。ただ階段部分を抜くのを忘れただけでありなんら致命的ではないはずだ。それにほかの部分はほめるに値するならまったくほめて構わない。素晴らしい反応だと思う。
勉強や研究もよく似ていると思う。本人たちは必死に努力しても結果があっていなかったりナナメ上な結果が出てしまうことも珍しくない。けれども「そういう結果になったということをまず褒めよう!」とか「その手法からはこの結果が得られたということがわかったならよかったじゃん!」というわけだ。
そしてまな板にしようぜという言葉が生まれた。
頑張って床板を張った城島を松岡や山口は篤く労い、その後は3人で代わりに昇降口とする為の梯子用の穴開けに取り掛かった。その際に切り落とした板がきれいな一枚板であったため、いまだ浮かない顔の城島を励ますために松岡が咄嗟に放った一言が、
である。
事の経緯こそくだらなくはあるが、二十年以上の時を共にしたTOKIOメンバーたちの、確かな絆を感じさせる微笑ましいエピソードだ。
いい話だ。同じように失敗だと思っていても実は違った方向で役立つということはよくある。床張りを頑張りすぎて木材が余った、それをまな板としてじゃあ使おうというのは至極いいと思う。今でもみんなが大好きなあのポストイットだって接着剤としては”失敗”だったという話は有名だろう。
1968年のことです。3M社中央研究所の研究者、スペンサー・シルバーは、接着力の強い接着剤の開発要求を受け、実験を繰り返し試作を重ねるうちに、ひとつの試作品を作りあげました。ところがテスト結果は期待していたものとは全く違っていたのです。「よくつくけれど、簡単に剥がれてしまう」、なんとも奇妙な接着剤ができあがりました。接着剤としては明らかに失敗作でした。通常こうした失敗作は棄てられてしまうものですが、なぜかその時シルバーはそうしなかったのです。顕微鏡を覗いた彼は、従来の接着剤には見られないふしぎな現象を目にしてすっかり虜になってしまったのです。そして彼は直感しました。「これは何か有効に使えるに違いない!」
少し違う話になるが、失敗から学んだことを信頼するというのも非常に重要だと思う。失敗から人は成長すると信じ切ることが人を育てる上では重要だと思う。失敗した人間を切り捨てたり、値踏みしたり、こいつは失敗する人間だと思い込んで指導することはその人の成長の芽を摘み取ってしまう。
出典を忘れてしまって申し訳ないが、ある航空機にまつわる失敗の話を今でもよく覚えている。
ある航空機の整備士がミスをしてしまい、エンジンにトラブルが発生しパイロットが命からがら戻ってきた。整備士は自分が犯したミスで今にも自害しそうだった。そのパイロットは整備士を呼びつけ、今後も自分の整備をするように申し付けた。一度失敗したら君はもう二度としないはずだと。失敗の恐怖を知る君に任せたいんだと。それを聞いた整備士は二度とミスをせず、以前よりも丁寧な整備をするようになったとか。
先人としての役割
自分がその分野においてほんの少しわかっているならば、初心者がした失敗なんて非常にささいなもの、自分もよくした失敗だったらなんてちっぽけなんだとわかると思う。そこから数えきれない失敗をしなければならないからだ。
そうなったときできることは”失敗”なんかじゃないんだよということを教えてあげることなんだと思う。見方を変えれば立派な成功だ。そういった心理的安全がある環境を整えることが仕事じゃないかと思う。直接的に教えることが仕事というわけでもないはずだ。態度でそれを示してあげることだって立派な教育だ。
教師が教えるということは時に立場が上になって、支配している気持ちになれるかもしれない。けれども本当はそうじゃない。それはコーチングなどを学べばわかることで、一歩進むためのリードの役割のようなものだ。それこそ本当のリーダの役割だから。
おわりに
自分は教師や人にものを教える仕事というのは人の可能性を広げるお仕事なんだと思っている。人々が自分の見ている範囲が広がり、新しい可能性に胸を躍らせるようになること。それこそが教師や物を教えることの最高の栄誉なんじゃないかと思う。失敗というものに眠る未知の可能性に喜ぶ人々なんて素敵じゃないか。
おびえて成功にずっとしがみついて苦しむよりも、自由に羽ばたける可能性に目覚めてほしいという願いこそ良いものだと思う。何人東大に行ったかではなく、何人が自分の可能性を信じて生きていけるかということのほうがずっといい。
勉強や学習に対する苦手意識とか不安、失敗の恐れを取り除き、未知への好奇心、生涯に至る恒久的な学習意欲を身に着けてもらえる、そんなことが一番の喜びなんだと思っている。