不自然な小物をひとつ
今週のお題は「カバンの中身」という面白いお題だった。カバンの中身って成長するにつれてドンドン変わっていくのが面白いなと思う。小学生の頃はランドセル、中学、高校ではスクールバッグのようなもの?大学では更に個性的に。社会に出ればそれぞれまた変化する。
自分のカバンの中身はずっと本ばっかり入っている。結局卒業したあともずっと本を必ず忍ばせている。とはいえ本も進化してしまい最近じゃスマートフォンとか電子書籍用の端末で済ませてしまうことも多い。が、基本は本だ。
旅行に行く際には喜んでカバンに本を一、二冊持っていく。持ってなきゃワクワクが足りない。不思議なものだが旅行先や移動中に読む本というのもなかなかに格別だ。思い出と内容が合わさって最高の体験ができる。もちろん風景に夢中になってしまうと読めなかったりするのだけれども。
他に入れているものとしては、非常に変わっているかもしれないが…絶対に必要のない小物を一つは入れておくという意味不明なことをしている。別に戻し忘れたとか入っていることを忘れているとかじゃなくて、わざと入れている。
なぜかはわからないが、そうした不要なものを一つは入れておくと自分の中で安心するのだ。カバンの中が全部必要なものだらけというのが妙に緊張するのかもしれない。だから一つ無用なものを入れておくことで奇妙な心理バランスをとろうとしているのかも…しれない。
すべてが必要なものじゃないからなくしたときのダメージを軽くしたいのか、はたまたカバンの中身を見せなきゃいけなくなったとき(そんなことはないと思うが)一つだけ不要なものを持っていることでなんとなく間の抜けた雰囲気が生まれるんじゃないだろうか。
ともかくカバンの中身が真面目すぎるのもあまり好きではないのだ。カバンの中はある意味自分の部屋みたいなものだと思っている。出張版自分の部屋だ。だからきれいにしておきたいし、なにが入っているかも知っておきたい。そして不要なものくらい一つはないと疲れるのだ。