かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

VRChatを400時間やって変化したこと

 

前回の記事では200時間経過の心境を書いた。いまではもうほぼ400時間だ。

定点観測的に書くのは悪くないなと思う。

VRChatは時間の流れが本当に早い。ほんの一ヶ月前がずいぶん昔だ。

だからこうして振り返って自分の心境を書くのは大事なことだと思う。

時間の流れが早いからこそ、心の変化も早い。濃密な時間を過ごしている。

 

100時間に到達したときを振り返ってみる。

100時間目のときはUnityとかBlenderとか、VRChatの基礎部分を学んだ。

Publicなワールド(主に1619Hz、ファンタジー集会場)に居て、居心地がよかった。

最初の頃は初心者だと名乗って、いろいろ教えてもらえて楽しかった。

 

なにもわからずフレンドがいないころ、1619Hzは大変居心地がよかった。

これは周りの反応を見るとかなり稀有な例らしい。

変な外国人が視界を荒らしたり、人の話を聞かずにただ暴れる人がいたり。

喧騒に紛れるのが好きで、輪の端っこで笑って観戦するのが結構好きだった。

 

200時間に到達したころ。いろいろ悩んでいたらしい。

VRChatにInする時間を減らしたり、活動時間を変えたり。

正直に言うとファンタジー集会場に飽きたのだと思う。

もっとワールドが見たいし、Friend,Friend+に入りたかった。

だが、なかなか一歩踏み出す勇気もなかった。Publicでいいや、気が向いたらいこう。

そういう接し方をしていた。

 

それが変わったのはVRChatのイベントへの参加だ。

恥ずかしがり屋さん集会、独り身ナイトなど。朗読会、睡眠交流会。

他にもTwitterで気になった人に話しかけたりもした。ちょっとずつ踏み出し始めた。

おかげでFriend,Friend+に入れるようになった。

そして本当に楽しい時間を過ごしてきた。

 

自分は日本人はFriendに籠もりすぎるという言葉の影響が大きかった。

Twitterでは大御所な人の発言が広く拡散され、問題だという曖昧な空気が広がる。

だから初心者の自分はそういう風潮だからPublicで楽しもうと思っていた。

Publicで人脈を広げることはいいことだ。

そうした籠もりすぎというのも正しいと思う。

 

でも自分はFriendと遊ぶ世界の楽しさを300時間目くらいにようやく知ったと思う。

Publicよりも楽しい理由をいくつか見つけることができた。

一つは場所が固定じゃなく、いろんな世界を巡って遊べることだ。

 

Publicで人がいる場所は限られてしまう。VRChatの世界が数多くあるせいだ。

だからいつも同じ光景ばかりであまり楽しくない、飽きてしまう。

そして、自分の行きたいと思っている場所にはなかなか行けない。

例えば人を呼んでも、結局Friend+とあまり変わらない空気になってしまう。

 

とはいえ閉じすぎるのもよくないなと思ってPublicにたまに行ってみる。

でも以前よりもずっとずっと話しかけるのが下手になってしまった。

今まで結構無理して話しかけていたような気がする。わりと体力がいるんだなあと。

初心者マークも外れたかなとも思うので、ちょっと困っている。

 

アバターにはあまり変化がない。

というか初めて買ったアバターにだいぶ満足している。

メガネをかけたりするだけで印象が変わることに驚いたりしている。

まだまだ楽しめそうだ。なによりも相手からの印象も変わらないし、欲が抑えられる。

 

ワールド作成にも手を出し始めて、少しずつ知識がついてきた。

ギミック面もなかなかおもしろいのだが、いかんせんまとまった時間がとれない。

ちょっとずつ確かめて、実験してというのが新鮮で楽しい。

 

VRChatで過ごす時間が変わるにつれ自分の心境もだいぶ変わってきた。

また500時間過ごしたら書いてみたい。