かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

JOKERをNetflixでみた感想

 

NetflixでJOKERを配信していたのでうっかり見てしまった。
最初日本語吹き替えだったので英語音声で観た。熱演で良かったと思う。


Twitterで「現代では誰でもジョーカーになりうる」とか言ってたので興味があった。


で、自分の感想としては「我々はジョーカーにはならんだろう」としか思わなかった。
せいぜいがただの犯罪者であるし、ジョーカー自体そんなもんである。
神格化するものでもない。
正しくは「全員がピエロのように暴徒/犯罪者として振る舞えるかもしれない」というだけだろう。ジョーカーもピエロの中のファーストペンギンにすぎない。


ここから先はネタバレを含んで書こうと思う。

 

 

今作のJOKERはあまりにも、普通の人すぎる。それは監督の狙い通りだろう。
もっと計画性があってよかった。仲間を作っても良かった。徒党を組まないのか。
だが作中のジョーカーはあまりにも…無計画。突発的衝動で殺人を繰り返している。
そして、状況的に”たまたま運良く”助かる。

 

たまたまピエロの服装をしていて特定されにくかった。
たまたま相手が富裕層だったので動機などを隠すことができた。
日頃の市内の政策がうまく行っていなくて、市民が不満をためて暴徒化した。

 

今作のジョーカーは人を扇動なんてまったくしていない。全部たまたまだ。
ただし、銃社会、コスト削減、政策の失敗などがジョーカー発生の原因である。

 

ジョーカーとしての犯罪の最初のきっかけは社会からもたらされた。
”普通の市民にとっては”不幸である。
そしてジョーカーが逃げおおせたのも社会のせいである。
”犯罪者にとっては”幸運である。

 

この二面性がなんともニクい演出だと思う。
ジョーカーは踊らされるだけ、流されるだけだ。
稀代の犯罪者なんかじゃない。
超絶治安の悪い社会が生み出し、生かしてしまった普通の犯罪者である。

 

エッセンスを抜き出せばこれだけじゃないかなと思う。
そして社会の暴動とか市民の数の暴力、治安というものは恐ろしい。
ただ言葉にしてもわからないだろうから120分見ると、あー…やばいね…と納得できる作品である。

 

感情移入はしなかった。ある程度ファンタジーじみているからだ。
無計画な殺人犯が生まれ、社会によってそれを援護され、最後は祭り上げられる物語。
描写が結構淡々としているというのもあると思う。彼はただただ哀れである。


ヒーローのようにも、ダークヒーローとしての復讐の爽快さとしても描かれていない。
何も解決していない。見逃されているだけだ。彼自身も救われてなんかいない。
それこそがこの作品のすごいところだと思う。安易な着地をしない。
どこまでも、どこまでも平凡な犯罪者として描いている。


優れたところなどをちらりとも見せていないのがすごい。
犯罪者の視点で描かれた物語なのに、どこか社会の描画として成り立っている。
それが最も救いのない描き方になっていた。