かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

持ち込みアイディア

 

思い出。

ゲームジャムというイベントがある。
チームや個人で与えられた時間内でゲームを作る催しのことだ。
テーマが与えられ、それに沿ったものを作る規定になっている。
例えばお題が夏なら、夏のアイディアを出し合い、ゲームを作る。

 

このイベントについて、少し考えたことがある。
もしも事前にアイディアを練って、一度ゲームを組み立てた経験があったとしたら?
つまりほぼ完成状態のゲームのアイディアを、テーマに沿って改変するのはアリか?

 

厳密にいえばアウトなんだろうが、それを指摘することは非常に難しい。
例えばあまりにもクオリティが高すぎるとか、自前で高レベルなアセットを自作しているとかがレギュレーション違反になるのかもしれない。

けどイベント期間内ですべて最初から作りました、としたとき責めることはできるのだろうか。作業時間内で一から作るというレギュレーションが守られていれば問題ないだろうか。

 

まあ、そこらへんは性善説が大事だろう。ゲームクリエイターとして恥じないように、というところだろうか。スポーツでもスポーツマンシップの宣誓があるように、クリエイター宣誓が有効なのかもしれない。

なにより、人々の思考、思想を禁じることは誰にもできない。GameJamのための”予習”として新しいゲームのネタ、アイディアを持ち寄って、チームで検討するのは大いにありだろう。

 

仕込みというか、背景や文脈を用意するのは悪いことではない。必ずしも禁止はできない。

 

 

フォトコンというやつも、自分にしかできない技を使うことは反則ではないだろう。

VRChat内でフォトコンが開催されることがある。写真イベントだ。
テーマに沿ってスクリーンショットを撮るイベント。自分も参加したことがある。

 

このフォトコンでも、背景となる世界を自分で作ることが可能である。
フィルター、特殊効果もばりばりVRChat内で準備することができる。
画像加工を禁止していたかは定かじゃないが、もし禁止されていてもVRChat内の機能と言い張ればスルーできていた可能性がある。

 

つまり、どこまでも作為的に作ることは可能だ。全部を作り出すことができる。
果たして全部やっていいものか。他のMMORPGのゲームでも自宅基地システムとかあるわけで、背景全部を作り込むことはできるし、問題はないのかもしれない。

 

なんていうか、どこまでがフェアなのか。
そこに少しだけ罪悪感というか、躊躇してしまう部分がある。

どこまで文脈や背景を詰め込んでいいのか。
それは果たして自分の創作として正々堂々いられるのか。そんなことを思った。