かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

ソムリエ

 

NovelAI

広告の未来として、エグいなーと思う未来がひとつ。

Siriとかパーソナルアシスタント的なシステムが広告に誘導すること。
SNSで人がしゃべっているように見えるシステムにAI生成で自然と広告をしかけること。これはもうすでに出来上がっているかもしれない。陰謀論になりかけるが。

 

レビューサイトを見て買うことが自分も増えてきたが、それがサクラレビュー、つまり企業のやらせによるレビューかはわかりづらい。インフルエンサーにゲームをプレゼントしたり、商品をプレゼントして紹介してもらうパターンも多い。

そういったレビューも結局サイトのおすすめのアルゴリズムに制御されていると思う。

AIによるレビューとかで結果が汚れていったとき、なにを参考にすればいいのか。
これからもレビュー、口コミ文化は廃れないのか。

 

究極的には最強の執事とかがAIで作成することができて、「あなたはこれを買うといい」と精度高く教えてくれるなら、それがベストな気がする。庶民のあこがれじゃないだろうか?専門店でプロが仕立ててくれればそれが一番じゃないか。

それができないのは人的コストが高いから、レコメンドが難しいから。
けど、AIなら学習データ次第でどうにでもなるはずだ。

www.youtube.com

こういうかっこいいソムリエみたいな。

どこかにいわゆる不気味の谷が存在していて、個人情報を大量収集され分析される嫌悪感が湧いてくるわけだけど、谷を超えると便利すぎることになるのだろう。

法律上どこまで許されるのか、今後世界レベルでの個人分析の規制が行われるのか。

MGS4の中で言及されていた「個人認識からの開放」を訴える日も近いのか。

 

営利活動を最大化するならば、消費者は企業の言いなりになるのが望ましい。ありとあらゆるものを必要とさせ、消費させる。自身の企業が持っているリソースにはめ込み、逃さなければいい。

それに対して消費者は当然政治に参加して、企業活動を法によって縛ればいい。その政治すらも企業が制御できれば、まあディストピアまったなし。資本主義の敗北と言えるだろう。

そんな極端な未来は笑い話で済むわけだが、どこまで個人情報を渡して、カスタマイズして便利に過ごせるか、広告によるターゲッティングをどこまで私生活に及ぼすことを許すか。

 

金持ちばかりが広告から逃れることができ、それ以外の人がひたすら企業の広告に狙い撃ちされるばかりになるという未来がくるのか。どうなんだろう。

そういう未来の本を読みたいのだが、見つけるのが難しそう。