かやのみ日記帳

読書の感想や思想を書いています!

GRIT やり抜く力をやり抜けなかったGW

 

やり抜く力をやり抜けない

今週のお題ゴールデンウィーク2018」ということでいかがおすごしでしたか。せっかくお題にもあるし、自分のGWについて語ろう。

 

三日坊主を治すために三日坊主防止の本を買った。ところがその本を読み通すことができない。なぜなら三日坊主だから…。そういったお決まりのジョーク、つまらないギャグをやってしまっていたGWだった。

 

自分は続けるということが本当に苦手だ。ちょっと前までは毎日ブログを更新し続けていることはできていたが、それも最近難しくなってしまった。この更新でようやく一ヶ月間が空いたのを埋められたところだ。なにごとも続かない、よくある話、悩みだ。

 

そんな自分をなんとかしたいと思って「GRIT やり抜く力」を購入したのである。

やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

 

 これは書店でも目立っていて赤色をしていて気になっていた本だった。世間で注目を浴びていて、要は世の中才能よりもやり抜くという力が大事なんだ、それを身に着けようという本である。簡単に言えば。

 

そりゃもちろんそうだろう、そんなふうにやり続けられない人たちは思う。子供の頃から続けていれば様々な夢を叶えられたかもしれないのに。やり続けてさえいれば…。成功にはあまり種類がないのに失敗には種類がいっぱいある…という感じか。これの元ネタはトルストイらしく「すべての幸福な家庭は互いに似ている。不幸な家庭はそれぞれの仕方で不幸である。」

 

逃げるからやり抜けないのか

GRITは成功する方法と失敗する方法が書かれている。素晴らしい。…ところでこの本を読み切り、そしてこの本の薦める方法を”やり抜く”方法はなんだろう?と問うてしまうのは自分があまりにも軟弱者なのだろう。よくあることだが自分のためになる本は非常に苦味を感じることが多い。

 

無意識のうちに自分の今を変えたくないと思うのか、嫌がるのか。怠惰であることに幸せを感じてしまっているのか。わからないけど、どうにも読み通すのは抵抗があるのか難しい。つまり…責任を少しかぶせてしまえばこれは治療本ではないのだ。当然だが。

 

世の中の大体の本はきっと治療のための本ではない。自分の意志で自分のことを変えようとする”手助け”をする本なのだ。特効薬でもない。頭を入れ替える手術を行ってくれるわけでもない。

 

要するに自分で変えようという気持ちこそが大事というのはどんな時代、どんな媒体、作品でも言われるお決まりのフレーズである。本に逃げてもあんまり意味はないのだろう。逃げても受け止めてくれるわけでもなく、結局はそこに自分がいるだけである。

 

本が好きであるという言い訳

なんとなく自分は本が好きで、読書のちからというのを信じるタイプである。本は心を豊かにするとかそういう精神的な部分に良いとする言葉を心地よく受け入れて自分でもそうであると信じ人にもそう標榜してやまない。

 

でも自分のことに嘘をついているなあと思うときだってある。本は精神の健康だとかによいといっても、逃げているときの言い訳にしてしまうこともよくある。本とゲームを入れ替えたら非難轟々なんだろう。

 

でも自分にとってはゲームだって心を豊かにしてくれると信じている。作品そのものの真髄に触れればそれは媒体がなんだって変わらないはずだ。それなのに本を都合のいい逃げ道に使うのは社会的にそうであるという風潮を隠れ蓑にしたいだけである。やっていることはゲームでの現実逃避とそうは変わらない、そういうときがある。

 

もちろん常にそうじゃないし、仕事に役立つ読書とか人間関係を改善する気づきとかそういう成長を感じられることもある。でも逃げ出すために読んでしまう読書もある。…ということもなんとなく自分で気づかせてくれるのが本なのかもしれない。

 

本とは著者との対話であるとは言われると思うが、対話には作用反作用のように自分で問いかけたり相手を非難した内容が自分に鋭く刺さることもよくある。そういうところが大切なのだろう。逃げてみて本を読んでどっぷりといるうちに、ふと自分が逃げていたんだなと気付かされることがある。

 

そういう逃げている自分を発見した、そんなGWだった。あまり元気はないし、落ち込んでいるからまとまりもない。でも支離滅裂でも書いた分だけわりとすっきりしたので連休最後にきちんと書けたことは良いことだったと思う。