かやのみ日記帳

日々感じたことをつれづれと書いています。

明治神宮と永遠の杜

NovelAI

竹下通りを見た帰りにせっかくだからと明治神宮に行った。人生初。

都内でこんなに自然があるとはびっくりしたり、外国人の観光ガイドさんが「Wabisabi」を解説しているのを興味深く盗み聞いたりした。正直めっちゃ聞いていたかったけど、自分が同じ立場なら怖いからやだよね…と思ってすっと逃げた。

 

あとで調べてわかったけど、明治神宮は人工林らしい。解説が面白かった。

www.meijijingu.or.jp

明治天皇昭憲皇太后をおまつりし、人々が静かに祈りを捧げる「永遠の杜」をつくるために第一線の学者たちが集められて計画がたてられました。

(中略)

造営にあたり、本多静六、本郷高徳、上原敬二ら林学の専門家たちは、何を植えたら「永遠の杜」になるかを考え、将来的に椎・樫・楠などの照葉樹を主な構成木となるように植えることを決定したのです。

(中略)

ところが内閣総理大臣であった大隈重信首相は「神宮の森を薮にするのか、薮はよろしくない、杉林にするべきだ」として伊勢の神宮日光東照宮の杉並木のような雄大で荘厳なものを望んでいました。

林苑関係者は断固として大隈重信の意見に反対し、谷間の水気が多いところでこそ杉は育つが、この代々木の地では不向き、杉が都会に適さないことを林学の見地から説明してようやく納得させたそうです。

おかげで令和の時代も立派な杜を堪能できてよかった。

www2.nhk.or.jp

NHKで特集が組まれていて、計画どおりに育ったかどうかを一本一本学者さんたちが調査していたらしい。動画を見るとかなり良い結果だったようだ。すごい。

 

ほかにも調べてみると東京の公害に配慮して、伝統の針葉樹から広葉樹にするよう努力したらしい。神社といえばというお決まりに逆らって、さらに当時の林学からも相当な挑戦だったようだ。

www.kokugakuin.ac.jp

いわば、大家が「東京に永遠の森を造るのは不可」と主張していたのである。

 ところが、この状況を一転させる篤志家がいた。渋沢栄一である。

 「君の意見は至極尤もで、(中略)金はいくらでも作るから人工で天然に負けない大風景を、大森林を作り出すことが出来ると思ふからどうしても今度丈は東京に賛成して貰ひたい。」

 

 本多静六は、自著『本多静六 体験八十五年』(新版、実業之日本社、2016年)の中で、次のように述懐している。

 「渋沢さんのハナシの早さは、私利私欲のための機敏と勇断ではなく、公利公益もしくは他の人々に儲けさせてやるための機敏と勇敢であったから、いよいよ感服の他ない。」 

ここで渋沢栄一がでてくるのかー。なんと2024年に新一万円札になる渋沢栄一である。
なんか思ってもないところで良いタイミングで参拝したのかなあ。

 

 彼らの挑戦は、単に10万本を植林する……という話ではなかった。人の手を介さずに、樹々自らが世代交代を繰り返す天然林相を、100年かけて造る――。SDGsが叫ばれている今を見透かしたような前代未聞かつサステイナブルな大計画だった。

なんか思ったよりめっちゃ挑戦的で面白くて事前に調べていけばよかった…資料館とかありそうだし、ゆっくり杜を楽しむべきだった…!ドラマとして面白いから参考になりそうな本でも読むべきか。今度季節が巡ったらもう一度見に行ってもいいかもしれない。

 

 

明治神宮御苑にもせっかくだから行ってきた。遊歩庭園と紹介されていたけど、思ったことは「これだけ素晴らしい大きな自然の中でも心休まらなかったとしたら、ほかにはもうどうしようもないな」ということ。

天皇陛下のために作られた、水入らずとも言うべきか安全な素敵な場所において、もしも心休まらなかったとしたらどうするんだろうなと。

 

たぶんこれ以上大きくしても意味がないくらいに十分な自然環境だった。
禅の心があれば空間の大きさなんて気にしなくていいものであるとは思うけど、疲れた心の上では空間を大きくして自然をリラックスして味わうのもいいことだろう。

 

なんていうか国民のみなさんがきっと天皇陛下の心が休まりますように、と祈られているなかで、この自然が存在するのだと思ったりした。現代人もここに来て心休まらなかったら相当重症と思ったほうがいいだろう。